海の欠片

わんころがCWのリプレイ置いたり設定置いたりするところです。

リプレイ_3話『美女が野獣』

※病気リプレイ

※ギャグどころの騒ぎじゃない

 

 

ゲイルが目を覚ますと、そこは泉の中だった。
たらふく水を飲んだらしく、腹がじゃぶじゃぶと鳴っている。

 

「……あれ、あたい、なんで水なんて飲んでんだ……?」

 

我に返り、顔を上げる。なんなら四つん這いになりながら水を飲んでいたのだから訳が分からない。
思い返す。そうだ、ここには盗賊を捉えに来た。そしたら盗賊が逃げ出して、隠し通路の奥へと逃げて、それを追いかけたら奇妙な宝珠を掲げられ、それで。

 

「……確か、動物にさせられたんだよな。」

 

自分の身体を見回し、動かしてみる。慣れ親しんだ自分の身体だった。
次に、この状況について思い出す。動物になった後のことだ。何やら化け物のような何かに追いかけられ、やっとの思いで撒いて、元の場所に戻ったときに再び気を失ったのだ。
そこからの記憶はない。何故元の姿に戻れたのかも分からない。

 

「……動物んだったときのこと、あんまし覚えてねぇな……脳まで獣みてぇになってたっつーことか?」

 

しかしこの女の知能と動物はどっこいなのでは。
だって何でもかんでも力で解決するし、殴ればなんとかなると思っているし、力は正義であり正義は力だ。うん、やっぱこいつの頭は元から獣レベルだな。

 

「んで、今ここに居んのはあたいだけ、ど。一体どこいっちまったんだ……?」

 

辺りを見渡してみるが、気配は一切ない。
化け物に変身した盗賊の頭領の姿も見えない。
まあいっか!と、ぐっと伸びをするゲイル。とりあえず洞窟をうろうろしていれば何かしら分かるだろう。考えるより行動してこそあたいだ!と、意気揚々にこの場を離れよう、として。
泉の中にちょこんと置かれている台座に何か書かれていることに気が付いた。

 

―― 獣占の宝珠


これなるは万物の霊長たる存在の魂の帰する祖をその身に写し取る秘宝なり。
霊玉は霊長の魂を走査し受け継がれる魂魄を元に、相応の禽獣に変化させるであろう。
祖に帰りし者を戻したくば、泉に湧きし霊水を体内に注ぐべし。

と、書かれているのだが。さて、困ったなぁ。
なんたってゲイルは。

 

「……うん、読めねぇ!!

 

そう!!文字が!!読めないのである!!
あっはっはっ、わけわかんねぇ!と、いっそ開き直る姿はやはり獣そのもの。いやもうこいつ人でも獣でも変わらんのとちゃうんかな。
げらげら大笑いするも、笑っていて何か始まるか?といえば、臆病な動物が逃げるくらいである。困った困ったと笑いながら、ゲイルなりに考えて、ぽんっと手を叩いた。

 

「そーか!あたい、めっちゃ今お腹ん中だっぽんだっぽんだし、これは……沈めて溺れさせりゃあいーんだな!!」

 

はいどうしてそうなった。
お前溺れていたか?溺れたのか?死にかけた覚えないだろ?
もうこうなるとどうしようもない。カモメ……否、獣たちよ。逃げろ。逃げて。じゃないと悪魔に連れ去られて泉に沈められてしまうよ。
そんなこんなで、斧を携えた豪快な女が洞窟を練り歩く。ミノタウロスに追いかけられる冒険者の気持ちが今ならよーくわかる。というかどうしてこうなった。誰か彼女に真実を教えてあげて。

泉から出てすぐの空間に、パンだの肉だの、動物をおびき寄せるために使えそうなものが隠されてあった。恐らくは盗賊たちの食糧なのだろう。
さて、こんな状況で普通であればそれは先ほど綴ったように、動物をおびき寄せるための罠として使えると普通は考えるだろう。しかしそこは獣女ことゲイル。

 

「あっ、美味そう。……今なら誰も見てねぇ……よな?」

 

辺りをきょろきょろ見渡し、誰もいないことを確認する。おいこいつ食おうとしてんぞ。一人で平らげる気でいるぞ。いいからやめろ、食うんじゃない。ぺろりと行くんじゃない!
……そんな、天の叫びが届いたのだろうか。どどどどどどと、すごい勢いで突撃してくる動物が一匹。
それは巨体な肉食獣ではなく、かといって臆病な偶蹄目でもなく。

 

「ゴーブヒ!ゴーブヒ!ゴーブヒィイイイイイイイイィィ!!」

 

それは。
コアラだった。

 

「うおわぁああああああ!?」

 

さて、ここで悲しい出来事がいくつも重なった。
コアラはユーカリしか食べられない。ユーカリを求め、彷徨い走っていたのだろう。
コアラの元になった人物は、実は大変大食いである。だというのにこの洞窟にはユーカリがないので、お腹を減らして必死だったのだ。
それをゲイルは食べ物が奪われると思い、ついでに突然の登場にめちゃくちゃびっくりして。

 

ベキャァッッッ

 

「―――― !!!?」

 

ゲイル、コアラに蹴りを―― 入れました!!
クリティカルヒット!ホームラン!コアラは天井にべちぃいいいいん、と叩きつけられ、そしてそのままぼとり、落ちた。

 

「……び、びっくりしたぁ……って、やっべ、これ仲間の誰かなんだよな!?おおおおおいてめぇ、いきてるか!?すまねぇ、めっちゃおもっきし蹴りを入れちまった、生きてっか!?!?」

 

呼吸を確認する。ぎりぎり生きた。
よく生きてたなこのコアラ。さぞかし身体が頑丈だったに違いない。
……しかし、次に起きる出来事的に。これは幸運だったと、言えるのだろうか。むしろ一撃で仕留めてくれていた方が、コアラ的には幸せだったのかもしれない。

 

「……よし、生きてるな!セーフ!じゃあ連れていって元に戻すぞ!」

 

コアラの首根っこを掴み、斧を担いで泉にまで戻る姿はまさに金太郎。ただし跨ぐはずのクマはコアラという得物に変貌した。
しかしこの金太郎、クマくらいなら斧でぶち殺してしまいそうだな。おお怖い怖い。
泉から離れていたわけではないため、すぐにたどり着いた。そして。

 

「暴れると困るしな……あ、あたいの力じゃあ振りほどけねぇか。」

 

ははは、と笑いながらがっちり手でコアラを拘束し、そのまま泉にずぶずぶずぶずぶと沈めた。
それはもう口からとは言わずに鼻からも耳からも水がばっちり身体に入り、コアラは人の方に……カペラの姿に戻った。
なお、両手両足を拘束された状態である。背中でがっつり抑えられている。

 

「……!?……!!~~~~~!!」
「お、戻ったか、よかったよかった!」
「!!……っ!!……!……」
「え、なんだって、聞こえねぇぞ?」
「…………」
「あっ、静かんなった。……もしもーし?おーい?」

 

  ・
  ・

 

「いや、ほんと悪ぃ、反省してる。」
「ごめんで済むか!なんなの殺す気なの、殺す気だったの!?」

 

流石のカペラも激おこぷんぷん丸である。こんな扱いを受けて怒らない方が怖い。そんな人がいれば博愛の狂人もびっくりである。
軽く溺れて川とお花畑が見えたカペラだったが、なんとかこうして生きてゲイルにくどくどと怒りをぶつけることができた。冒険者でなければ死んでいた。むしろよくここまで元気になったよ。

 

「いやー、宝珠の台座んとこに説明は書いてあったんだけど、あたい字ぃ読めねぇからさー。自分が置かれた状況から治す方法を考えたんだ。溺れりゃいーんだなって。」
「君は溺れかけたの?こんな拷問的な扱いを受けたの?溺れるというか最早殺人未遂だよこれ?」
「でも腹ん中水いっぺぇだったぜ?」
「なんかあのキメラっぽいのに追いかけまわされて泉に帰ってきてはー疲れたー水飲もーごくごくーてってれー、なんか戻ったー、とかじゃなくて?」
「…………」

 

可愛らしく首をこてんと傾げるゲイル。
はははこやつめ、とげしと一蹴りするカペラ。

 

「痛ぇ!や、ほんとごめんて、悪かったって!」
「次僕に酷いことしたら、生皮をはぎ取って乾かして僕の歌集のハードカバーにするから。」
「こわ!?てめぇのその発想が怖ぇーよ!」

 

ともかく、とため息をついて、カペラは台座に書かれた文字を読んだ。
あぁなるほど、やっぱり水を飲めってことじゃん。同じ村の出身だが父母が読み書きできたカペラは両親にちゃんと教えてもらえたようだ。なるほど、と一言呟いて書かれてあった内容をゲイルに伝えた。
それはもう恨みを込めた鋭い目つきで。

 

「……帰ったらなんか奢るぜ。」
「いったな?僕のお腹をいっぱいにしてもらうからね?っと、あと動物化した仲間の特徴が書かれてたからそれも読んどいたよ。後ね、ライオンと小鹿とクロヒョウとタヌキがいるみたい。」
「なんか動物のごつさに差がありすぎじゃね?」

 

どう聞いたってやばそうなライオンとクロヒョウ。対してタヌキと小鹿という可愛い動物。
なんだこの落差。そして絶妙に仲間が分かるような分からないような、複雑な気分だ。

 

「小鹿はアスティっぽいよなぁ。でも後が絶妙にわかんねぇぜこれ。」
「そーなんだよなー。どれもラドラドっぽくないし、ロゼロゼっぽくもないし、アルアルは……タヌキ?」
「あ、わかる、タヌキっぽいの分かる。」

 

このアルザスはタヌキみたい、という発言は一体何を思っての言葉なのだろうか。
雰囲気か、それともなんとも言えないずんぐりな癒し系な姿がか。
なんかラドラドだったらもっと凶悪そうな動物だよねーだとか、ロゼだったら身軽そうな動物だよなーと、2人でどんどん話が弾む。お前らはいい加減仲間を探せ。

 

「……って、話してばっかで全っ然探そうとしてねぇなあたいら。皆が何になったかは分かったんだし、さっそく皆を探そーぜ!」
「さーんせっ!じゃ、グレイルに水だけ汲んでいこっか。飲ませるんでいーんなら、これで持ち歩いてたらすぐその場に戻せるしね。」

 

天才か!と、ゲイルの驚いた表情。誰でも思いつくでしょ、と冷たい目線を送ったが、ともあれ2人は水を汲んでから再び仲間を探すために探索に戻った。
……いや、戻ろうとした。

 

「…………」
「…………」

 

な ん か お る。
まただよ。また泉からすぐ外を調べようとしたらこれだよ。
まだ全部調べてないんだよここ。なんで?何でこここんな仲間が集うの?なんなの?食べ物があるから?なんかここ冒険者的宿スポットになってない?気のせい?

 

「フーーーーッ!!」
「いっっっっ!!」

 

ただし、今回びっくりさせられたのはこの動物、クロヒョウの方で。
思いっきりゲイルに噛みつき、その瞬間逃げ出してしまった。しかも。

 

「待て……って、はっや!?え、えっ、何あのクロヒョウめちゃくちゃ早いんだけど!?」
「か、カペラ……ちょ、まって、手当、手当頼む……めっちゃ、いてぇ治して……」
「……もしかして、ばっちりがっつり呪いの効果が働いてるんじゃ……」

 

そうなったらまずいなんてものではない。
アルザス、アスティはともかくロゼ、ラドワは海竜の呪い持ちである。呪いの恩恵の向ける先が自分たちではないから心強い味方であるが、その呪いの力が敵に回るとなるととてつもなく恐ろしい話である。
最も、獣の精神であるからか、なんとか渡り合える程度ではあったが。しかし、ラドワがうっかりライオンになんてなってたらどうだろうか。快楽殺人……殺獣?のライオンなんて末恐ろしすぎる。
なお、今この場に居る者はラドワは『殺人衝動に駆られるが、ちゃんと制御できている』と思っている。

 

「……真っ向勝負は厳しいかもね、これ。
 確かこの洞窟、盗賊のアジトだってことあって結構使えそうなものあったよね?ちょっと集めて回ろーよ。」
「あ、あの、カペラ……た、たの、かいふ……」
「じゃ、善は急げだ!さぁーゲンゲン、休んでる暇はないよ!」
「ぜ、ぜってー根に持ってんだろてめぇ!!」

 

この後ちゃんと回復してもらって道具を回収しました。

 

  ・
  ・

 

探索をすると、つるはしだのロープだの、動物を捕まえるための罠を作るために使えそうなものがいくつか見つかった。互いに相談した結果、行き止まりに罠を仕掛け、得物を確実に捕まえるという方針に決まった。
その代わり、あまり動物が通らないところであるため、罠にかかるまでは気長に待つ必要があるだろう。しかし今回はただの動物ではなく、ちょっと殺したい衝動が強い何かとすんごい足の速いクロヒョウがいるのだ、的確に捕まえていきたい。

 

「ゲンゲンがんばれー!ふれーふれーゲンゲンー!ふぁいと、ふぁいと、おー!」
「……いや、そりゃあ、あたいがやっけども……力仕事はあたいの得意分野だから、別になんっも構わねぇんだけど……」

 

今、2人は……正確にはゲイルはつるはしで落とし穴を作っている。それをカペラが傍らでタンバリン片手にしゃんしゃんしゃんしゃん応援しているのだ。
むしろ罠を作るよりも応援してる方が体力使うんちゃうかなこれ。

 

「しっかしつるはしがボロボロでいつ壊れっかわかんねぇなこれ。」
「ふれー!ふれー!げーんーげん!!」
「まあこの調子だと作り終えれそーじゃああっけども。」
「がんばれがんばれげーんーげん!!」
「あたいの怪力に負けんなよつるはし。」
「君の怪力と!愛と勇気が!この世界を救うぞ!ふれー!がんばれー!ふぁいとーーー!!」
「だぁああああああじゃかぁっしゃぁぁああああ!!ちったぁ静かにしろぁ!!」

 

ついに吠えた!その勢いで力みすぎてドゴォッッッと大きな破壊音が洞窟に響き渡った。軽い地響きまで起きた。

 

「あ。」

 

力を入れすぎたせいで、つるはしは木っ端みじんとなり土に還ってしまった。哀れつるはし、君の冒険はここで終わってしまった。
元々ボロボロだったのもあり、必然の定めであったと言えるが。

 

「あーあ、壊れちゃったねー。あーあ、つるはしさんかわいそー。」
「てめぇがじゃかあしいからだろーが!あと元々ぼろっぼろだったし、これ壊さねぇ方が無理だっての!」
「こーわしたーこーわしたーーー……誰にチクったらいいんだろこの場合。」
「誰にも言わねぇでいーっての!はいはい穴を隠す!そんで罠にかける!いいな!!」

 

はーい、と、せっせと2人で穴を隠し、罠を完成させた。
カペラはどちらかといえば器用な方なので、こういった作業は苦ではない。一方ゲイルはうっかり力むとバッキバキにしてしてしまうため、細かい作業は不向きであった。
さて、後は動物をおびき寄せるための餌だ。

 

「肉食動物が多いし、ゲンゲンいるし罠もあるから肉食動物から攻めてこっか。ってことでさらばねずみさん、君は人柱として生贄になるんだ……」
「……別に可哀そうって思わねぇな。農作物荒らすし、なんなら家も荒らすし。」
「これからも嫌ってほど見かけるだろーしね。あ、ゲンゲン、お腹すいたからってねずみ食べちゃだめだからね?罠にひっかかるよ?」
「流石にねずみは食わねぇよ!!」

 

などとわいわい騒いでいると、何やら気配を感じたのでカペラがゲイルを『黙らせて』2人は物陰に隠れる。急いでポジションに戻ったので、果たして動物に気づかれるかどうか。

 

「キュンキュン。キューーーン。」

 

やってきたのはタヌキだった。2人の予想ではアルザスなのだが。
さて。多分、気づかれなかった。
気づかれなかったんだけど。

 

「…………おぉ……凄い……この罠を見事にかいくぐって、ねずみだけ食べていった……!!」

 

このタヌキ、賢い。
器用に罠だけ避けてねずみをぱくりと食べ、そのまま逃げていってしまった。

 

「……って、感動してる場合か!あいつぜってーアルザスじゃねぇ!ラドワだぜ、ぜってー今こっちちらっと見てぷーくすくすって顔しながら逃げてったぞ!」
「いやー実にやらしい顔だったね。アルアルだったらあんな顔できないどころか罠に嵌る側だもんね。なるほど、魔力が動物を賢くさせてるとか、そんな路線があり得るよね。へーすっごい。」
「いやいやだから、だぁから感動してる場合じゃねぇだろ!くっそあのタヌキ娘め今度こそとっちめてやっからな!」
「娘って歳かなぁラドラドって。ちょーっと厳しい気がしない?」
「いんだよ細けぇこたぁ!あー次だ次!何でもいーから捕まえねぇと進まねぇぜ――」

 

と、ゲイルが獣の咆哮じみた大声を出そうとしたとき。何かが、視界の端に現れた気がして。

 

「……」
「…………」

 

あ、さっきのクロヒョウさんちーっす。
まだ次の準備をしていないというのに、クロヒョウはすっぽりと穴の中に嵌っていた。

 

「……え、えーと。カペラこれどーするよ。」

 

いくらなんでも残念すぎるあまり戸惑うゲイル。

 

「どうするって……気絶してもらうしかないんじゃないかなぁ……」

 

こっちもあんまりにもあんまりで戸惑うカペラ。
この状態だと動物に意識があるため、水を素直に飲んでくれない。そんなこんなで2人は武器を取り出し。

 

「あ、ゲンゲン、殺しちゃだめだかんね?
「あぁ、うん、今ならだいじょーぶだぜ。こいつのがっかり具合であたいのやる気も下がってっから……」

 

お前が!気を失うまで!僕たちは!殴るのを!やめない!
みたいな感覚で、それはもうタンバリンや拳でクロヒョウをげしげししはじめた。手加減しなければゲイルはクロヒョウをひき肉にしかねないし、カペラはさほど力が強くない。そのため、なんか浦島太郎の亀をいじめる子供みたいな光景になっていた。
最初こそ抵抗していたクロヒョウだったが、これ抵抗することをやめた方がきっと平和だ、と悟りを開いたのか。5分くらいしたところで、暴れることなく2人に従うようになった。

 

「……っし、おとなしくなったなった!躾完了!」
「もーーーてこずらせちゃってさぁ!さっさと言う事聞いてたらこうはならなかったのにさ!」

 

うん?あれ?
水を飲ませるより先に武器や拳を振り上げなかったか?
残念ながら現状ここにはツッコミ役は不在である。そんなことおかまいなしに、カペラはグレイルの中身をクロヒョウに飲ませた。足の速さから、元が誰であるかは想像がついている。
泉の水を飲んだクロヒョウは光に包まれ、みるみる内に人間の姿に変わっていく。自由奔放フリーダム気質なはずなのにどこか振り回されてしまうことが多々という可哀そうなレンジャー、ロゼだ。

 

「……はっ、あたしどうなってたの!?」
「それはもうかくかくで。」
「なるほどしかじかで。」

 

今までの経緯を簡単に説明する。動物になったことや、それを元に戻す方法。とんでもなくクロヒョウのロゼはどんくさかったということ。
微妙に覚えているのか、苦い顔をしていた。曰く、華麗に盗みを働こうとして見事に失敗したのだとか。なんなら2回目のねずみなんて、タヌキに食べられた後だったので空箱の中身を鮮やかに取り出そうとして罠にかかるという、とんでもなおまぬけを披露している。

 

「大体わかったわ。カペラにゲイル、あたしを助けてくれてありがとう。」
「どーいたしまして。人間の君が頼りになるのにこのどんくささだからびっくりしたよ。」
「えぇ、あたしも獣のときの自分の残念さにドン引きしてるのだけど、それはそれとしてよくもあたしの意識をすぐに奪わず必要以上に痛めつけてくれたわね……?」
「…………」

 

あ、これおこだ。ロゼちゃんめっちゃおこだ。

 

「あたしねー……力持つ者に振り回されるだとか、いいようにされるとか、大っ嫌いでねぇ……ちょーっと、やりかえさせてくれないかしらー……?」
「あ、あのロゼ、話せばわか」
「やりかえさせてくれないかしら。」
「ハイ。」

 

  ・
  ・

 

一度泉にまで水を汲みに戻り、それから罠のところに帰ってくるとねずみ取りにねずみがひっかかっていた。それを利用し、再度罠をしかける。
が、今回はそれに追加して2人ほどロープでぐるぐる巻きにして罠の近くにそっと置いてある。

 

「えーと……なあ。なんであたいらを縛るんだ……?」
「暴力はんたーい。いじめかっこわるーい。」
「仕返しよ仕返し。……ま、本当のこと言うと、タヌキがラドワの可能性が高いんでしょ?だったら普通に罠を仕掛けただけじゃ、絶対につかまらないわ。あの人、超のつくほど腹黒で狡猾で計算高いもの。確実に捕まえるためにはこのくらいしないと。」

 

一方、一人自由な身のロゼ。彼女はラドワとの付き合いがこの中では最も長い。カモメの翼が結成される前にはすでに何度か冒険を共にしていたのだ。
そのため、ラドワの性格についてロゼがよく知っていた。もっと食いつくような罠でなければ、タヌキとなったラドワだとしても捕まえられないだろうと。

 

「いい?あんたたちは緊張感なくそこに居ればいいの。戦いの次に得意でしょ?」
「をいこら、それどーゆー意味だよ。いっとっけど、このくれぇのロープあたいなら簡単に引きちぎって抜け出せんだからな。」
「そこは心配ないわ、簡単に抜け出せないように縛っておいたから。それじゃ、あたしは隠れるから2人共よろしくね?」

 

確実に私恨は込めているのだろうが、嘘を言っている様子はない。
盗賊やレンジャーをやっている彼女の隠れ方は非常に巧みである。これなら彼女の気配はまず動物に察されないだろう。

 

「……こんなんでほんとに釣れるのかねぇ……?」

 

流石に苦笑を漏らすしかない。ところで、今ねずみを食べる動物はタヌキ以外にもライオンがいるのだが、それはいいのだろうか。割とライオンが通ったら洒落にならない気がするのだが、その考えはロゼにはあるのだろうか。
勿論、ある。だって、ライオンは消去法でアルザスでしょう?穴開いててもあいつなら落ちるわよ。と、大変いい笑顔で答えるのだった。
と、雑談を交わしていると今回のターゲット、タヌキことラドワが現れた。キュンキュンと鳴きながらやってきて、ねずみをかっさらっていく……かと思いきや。

 

「…………キュキュッ。」

 

あ、笑ってる。めっちゃぷーくすくすって顔をしてる。
人間の罠に捕まったのだろうとか、誰かにしてやられたのだろうとか、きっとそんなことをタヌキは考えている。このタヌキ、非常に性格が悪い。めっちゃプギャーって指さしてる顔をしてる。

 

「てっめーーーあったま来た!!おいほどけ、今すぐこの縄ほどけ!!」
「キューキュキュキュキュキュプギャーーーーー」

 

ぷぎゃーとさえ言ってのけた。間抜けな人間がいるものねとあざ笑っているに違いない。
さて、ラドワの呪いの代償は快楽殺人鬼だ。人間に限らず、あらゆる妖魔や動物にも適応されてしまうそれは、きっとタヌキになった彼女とて同じだろうと。
襲ってやろう。いたぶってやろう。こんな間抜けな人間だったらいともたやすく殺せるだろう。さて、どこから食いちぎってやろうか。


―― そう、タヌキは油断したのだ。

 

「―― !?」

 

落とし穴とロープの複合型の罠に気が付かず、一歩踏み込んだタヌキは落とし穴に落ちた上見事に縛り上げられる。ごめんね、と一言呟き、ロゼはタヌキに短剣の背で首の後ろを思いっきり突いた。
動けない状態にしていたこともあるが、その技の見事なこと。しっかりと一撃で意識を奪い、タヌキに対してもダメージは小さく済ませた。

 

「……ふぅ、いっちょ上がりっと。」
「おぉーさすがロゼロゼ!クロヒョウのときの残念さがどこにもない!」
「すっげぇぞロゼ!クロヒョウのときたぁ大違いだぜ!」
クロヒョウ冒険者人生の中でも最大の黒歴史だわ。闇に葬らせて。」

 

あまり追及すると短剣でざっくりされそうなので、いじるのはこのくらいにしておく。緊張感はないがなんだかんだ過激派が多いのがカモメの翼だ。
協力ありがとね、とロゼは2人の縄を解く。それから荷物袋からグレイルを取り出して、タヌキことラドワに飲ませた。
カペラやロゼのとき同様、ラドワもまたタヌキから人の姿に戻る。すぐに意識を取り戻した。

 

「う……ここは?」
「おはよう。大丈夫?できるだけ痛くないようにはしたと思うのだけれど、どこか痛かったりする?」
「……いえ、痛みはどこにも。ただ、狩りができる、って思ったのにそれを邪魔されたから、私の呪いの衝動が落ち着いてくれないのよね。」

 

タヌキだったときの記憶がある程度残っているらしい。
殺戮衝動は健在だったらしく、ちょうどいい相手がいたものだからいたぶってやろうと考えたところ、見事に邪魔をされたとのことだ。そりゃあもちろん、殺戮衝動を引き出そうと考えたんだからロゼの目論見通りである。
ただ、餌として使われたゲイルとカペラはひえっと、恐怖の声を漏らしたが。うーんと悩んでいるラドワを見て、ロゼは話を持ち掛けた。

 

「ねぇラドワ、これは提案なのだけれど。
 その狩り、人を弄ぶことで落ち着かせられない?」
「えー……まあ、気は紛れるわね。どっかに盗賊のやつらが化け物になったものが居るし、それを殺れるのなら今日は落ち着いてられると思うわ。」
「おーけー。じゃ、その方針でいきましょ。2人も……ちょっと面白いこと思いついたから付き合ってほしいの。」
「えぇーまたー?いーけどさー、ほんとに楽しいことなの?」
「勿論、あたしが保証するわ。いい、まずなんだけど……」

 

  ・
  ・

 

「……がはっ!?はー……はー……シーエルフなのに溺れるかと思った……」

 

同じように罠を仕掛け、それはもうびっくりするくらいに愚直に引っかかったライオンことアルザス。何も疑わずにねずみを食らいそのまま穴に嵌っていく様は彼らしいといえばらしかった。
今回に関してはゲイルがライオンを泉まで運び、そしてそのまま容赦なくぶちこんだ。それはもう遠慮もなければ罪悪感もなしにどーーーんだった。
アルザスはシーエルフなので、人よりずっと長く水中で活動できる。ずっと水の中、というわけにはいかないらしいが。両生類みたいだよね。

 

「……アルザス、聞いて頂戴。これからあんたは、残酷な真実を知ることになるの。」

 

緊張感のないパーティの、これまでに見たことのない深刻な表情。4人が皆真剣な表情で泉の中のアルザスに向かい合い、重々しく口を開いた。

 

「あなたは今まで動物になっていた。けれど、今ので分かってくれたと思う。
 動物に変身した者を元に戻すには、こうして乱暴に押さえつけながら動物を沈めて、溺れさせる必要があるの。」

 

まあ、一つの方法であるだけで、飲ませるだけでいいんだけど。

 

「君が起きて、皆で5人。……誰がいないか、わかるよね?」
「……!アスティ!アスティはまだ動物なのか!?」
「そう、アスアスはまだ動物になったまま。……それで、今の説明を聞いたら分かると思うんだけれど。
 元に戻すには……アスアスを、泉に無理やり沈めなきゃいけないの。」

 

まあ、そんな乱暴なことしなくても別に飲ませるだけでいいんだけど。
しかし、その事実を知らないアルザスは酷くショックを受けた表情だった。仲間を、それも守るべき存在であるアスティを、この泉に沈めろだと?守らなくてはいけない者に、傷つけるようなことをしなくてはならないだと?

 

「じょ、冗談じゃない!アスティにそんな酷いことを……俺が、できるはずがないだろ……俺じゃなくても、お前らがアスティを湖に沈めるなんて、許せるはずがない……!他に、他に方法はないのか……!?」

 

どうしよう、すでに大分面白い。
しかしここで笑ってしまっては作戦が台無しになる。これは仲間からアルザスに対するプレゼントであり、彼には受け取ってもらわなくてはならないのである。
……最も、ラドワの気を紛らわせるためのからかいが強いけど。
因みに顔に出やすいわ嘘が苦手だわ、隠し事にてんで弱いゲイルは黙ってる。カペラに『思いつめて』『黙って』と命じられてるので、きっと大丈夫。

 

「……一個だけあるわ。それはね。
 ―― 口移しよ。
「…………は?」

 

口移しに関して、どう説明しようかと思っていたが、そこは流石賢い賢いラドワさん。しっかりと、それっぽい言い訳は考えていた。

 

「口づけには古来より魔除けや呪いの意味があってね。泉の力と、口づけの魔除けの力を合わせたら……もしかしたら、上手くいくんじゃないかしらって見立てているの。
 この泉の魔除けの効果だけだと、どうしても薄いわ。だから、沈めて溺れさせて、意識をこの泉に捧げることで、初めて魔除けが成立……元の姿に戻れるの。」
「…………」

 

しばらく黙る。恐らくこの場の皆はこの泉に沈められたのだろう。
まだ彼らであれば、冒険者の経験もあるし暴力の世界を知っている、更には呪い持ちである以上耐えられることだと考えられた。実際天井にめり込まされたり、意識を奪うのが下手すぎたせいで何度もぶん殴られたりした人もいるわけだけど。

 

「……俺が、アスティにそんなことをして、アスティは許してくれるだろうか……」
「それじゃあ、あなたは泉にアスティを沈めるの?……いいえ、沈められるの?自分の手で、あの子を傷つけられる?」
「そんなことできるわけないだろう!あいつは……あいつは、俺を頼ってくれている、慕ってくれている……守るって言ったのに、傷つけるようなこと、そんなことっ……!」

 

必死だった。めちゃくちゃ必死だった。
いやまあ、ラドワの言葉は完全にでたらめなんだけどね。口づけが魔除けうんぬんは語られるけど、飲むだけでいいんだよなぁと、4人はそっと胸の内に秘めている。

 

「……今から、アスティをおびき出すわ。あたしだったらそんなに傷つけることなく意識を奪えるから、そのときまでに決めて頂戴。」
「…………わかっ、た……」

 

うなだれるアルザスを後ろに、4人は罠を仕掛けているところまで案内する。
それから小声で、

 

「やばいちょっと面白すぎてだめ。」
「なんか2人いい雰囲気みたいだからちょっときっかけ作って一気に進展させちゃいましょう大作戦、なかなか順調じゃない。」
「アルアル、まったくこっちのこと疑わないからすごいよねー。結構怪しいとこあると思うんだけどなー。」
「…………(思いつめた表情の上しゃべれない)」

 

と、大変楽しそうな会話をしていた。アルザス君可哀そう。
定位置についてからの行動はあっという間だった。ネズミの代わりにパンを置いて、小鹿がやってきたなら罠に嵌めてロゼが意識を奪う。罠にかけるのも姿を隠すもの最早慣れっこだった。
意識を奪った小鹿と中身の入ったグレイルをアルザスに渡し、後はあんたが決めなさいとロゼが肩をポンと叩く。考え込んでいたアルザスだったが、やがて口を開いて皆に尋ねた。

 

「……なぁ。アスティだったら、どう言うだろう。俺なんかが軽率に、傷つけたくないからって……その……」
「あたしはアスティじゃないから何とも言えないけれど。それがアルザスの選んだ選択ってことなんだったら、アスティなら受け入れるんじゃないかしら?」

 

意見にはどちらにも転がれるが肯定的な言葉を返した。だってやってくれた方が面白いもん。
その言葉が仲間からの罠だとも知らず、うっかりそれで迷いを断ち切っちゃったから覚悟を決めてしまった。せめて後ろを向いていてほしい、と頼んで後ろを向かせる。内心ちょっと残念だけど、やってくれるのならまあいい。
だって思いっきり揶揄えるもの。みつを。
アルザスはグレイルの中身を口に含み、そして、小鹿の口に己の口をつける。
今は鹿だから、人間の姿じゃないから、意識ないから、助けるためだから。なんて、必死にあれそれいいわけをしながら口移しをして――

 

「…………ん、うぅ……アル、ザス……?」

 

アスティは、元の姿に戻った。
それはもう、イケメン男子が小鹿にキスをして美少女に戻りました、なんてとっても美味しい絵が完成した。

 

「…………。…………って、えええぇぇぇ!?ま、ままま、あ、あるるるるアルザス、今、今のって……!」
「た、頼む、落ち着いてくれアスティ!俺、お前を傷つけたくなくて、それで……この手段を、取らざるを得なくて……泉に沈めるか、口移しするかのどちらかでしか元に戻せなかったんだ。でも俺、お前を泉に沈めて溺れさせるなんてこと、できなくて……」
「……は、はぁ、えっと、な、なるほど……?……あぁ、えぇ、あー……アルザス、誰かを傷つけるなんてこと、できそうにないです、もんね……」

 

事情を聞けば、なんとも『仕方なかった』ということのように思えてきたようで。腑に落ちると、アスティはアルザスに微笑みを返した。

 

アルザス、戻してくれてありがとうございました。その優しさ、しっかりと伝わりましたから。」
「あ、あの……これ、なかったことにしてくれていいから!なかったことで全く構わないから!お前が好きなやつができたときにその、い、一番をちゃんと」
「あ、沈めるかキスかの二択って嘘だからね。飲ませれたらなんでもよかったの。」
「そう、飲ませれたらなんでも……って……」

 

種明かしをする。
それから、カペラの言霊も丁度切れて。お二人さんが口づけすると楽しいよね、ということから嵌めたという事実を教えて。
それはもう、皆めちゃくちゃいい笑顔で。

 

「…………っふふ、っははは、あっはははははははははは!!あーあ、もーーーアルザス君ったら見事に引っかかってくれちゃったんだから!!私笑いをこらえるの大変だったんだから!!」
「そーそー!!真剣な顔でさー、必死な顔でさー!アスアスを傷つけたくないって、切羽詰まってたの!とーっても面白かった!」
「お似合いだぜ二人とも!絵にもなっし、そりゃあもう絵本のワンシーンみてぇでさー!」
「な、お、お前ら、お前らぁぁああああああああ!!?」

 

アルザスが真っ赤にキレるのに対して、ラドワとカペラとゲイルはげらげらと笑い転げる。それからロゼがアルザスの肩をぽんと叩き、微笑みながら伝えた。

 

「幸せにしてあげなさいよ?」
「だぁからそういうんじゃなぁああああい!畜生、俺の真面目に悩んだ時間を返せぇえええぇぇえええええ!!」

 

アルザスのそれはそれは大きな、ともすれば獣の咆哮にも劣らない大声が洞窟内に響き渡った。
アスティはアスティでしばらくぽかーんとしていたが、やがて、

 

「…………ふふっ。」

 

まんざらでもなさそうな笑顔をこぼしていた。

 

 

なお、この後羞恥心で熱暴走を起こしたアルザスや、気晴らししてもらえたとはいえ殺戮衝動を発散させたくてうずうずしていたラドワを中心に、怪物化した盗賊たちは一瞬で屠られたそうだがそれはまた別のお話。

 


☆あとがき
実は美女が野獣は未公開なだけで何度もリプレイを書いたことがある作品です。
いつものことなんですが、美女が野獣でリプレイを書くと病気にしかならないんですよね。むしろ今回一番まとも説ありますよ。カモメの翼は病気みたいなリプレイを書いてもそこまでぶっ飛ばないからありがたいですね……
因みにリプレイ(2週目)だと、実はザス君もトラだったんですよね。でも動物は被って欲しくなかったのでライオンにしました。プレイ用(1週目)はライオンだったんだ。それ以外は大体リプレイ版のプレイ通りにやってます。なので本当にロゼちゃんは残念極まりないことになってたし、カペ君も探索途中にやっほーとでてきましたともえぇ。

 

☆その他
所持金:200sp→700sp

 

☆出典

Dr.タカミネ様 『美女が野獣』 より