海の欠片

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リプレイ_2話『フローラの黒い森』(4/4)

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領主が加わったこともあり、魔法具の開発は順風満帆となった。
とはいえ完成したころには日はすっかりと沈んでおり、夜のカーテンがルオートを包み込んでいた。
後はこれを使って森に破魔の術をかけるだけだ。
魔法具を運び出そうとした頃だった。何やら玄関の方が騒がしい。
どうやら誰かがやってきたらしい。その者は、すぐに館の冒険者の前に姿を現した。

 

「―― アルザス!!」

 

息を切らせながら、アルザスは一人で戻ってきた。そう、一人なのだ。
アスティがいないか見渡したが、どこにもいない。彼は理由なしに彼女を一人にするはずがないし、ましてや彼女が一人になれるわけがない。
事情が呑み込めないでいたが、アルザスは早口で話し始める。

 

「あぁ、ちょっと大変なことになった……待てよ、今順を追って話すから。」

 

1つ2つ、深呼吸をする。
呼吸の方は落ち着いたが、それでもやはり早口だ。

 

「まず、俺たちはもう一度森に入ってロバート達の探索を開始した。途中で狼に襲われて、俺たちは走って逃げたんだ。だが、逃げているうちに眩しい光に包まれた……
 気が付いたら、俺たちは術者の作り出した空間の中に居たんだ。ロバートや村の奴らもそこに居た。」
「! なんと……!」
「おお……」

 

感嘆の声を上げる依頼主達。
しかし、見つけたはいいが、事態は明るくはない。アルザスは険しい表情のまま、話の続きを紡ぐ。

 

「ロバートたちはまだあの中に囚われたままだ。だけど、相手は相当手ごわい。
 それで、俺だけ皆を呼びに戻ってきたんだ。」
「…………なるほど。」

 

ロゼが、ぽつり、呟く。
続けて、と、続きを促した。

 

「それで、俺が案内するから領主も一緒に来てくれないか?ロバートには暗示がかかっているみたいだから、呼びかけてほしいんだ。」
「……森、だな。」

 

はい、いいえを返すより先に、領主は一人先に駆け出して行ってしまった。
アルザスも流石に想定外だったのか、慌ててその後を追う。待って、とカペラとロゼも後に続き、リリアやゲイルも駆け出そうとして―― ラドワが静止させた。

 

「待って、下手に森に入らない方がいいわ。私たちに任せて。」
「じゃあどうするの?私だってロバートを助けたいのに……」

 

今にも泣きだしそうなリリアの表情を見ながら、ラドワはゆっくりと、落ち着かせるように語り掛ける。
この場の者たちにも、今すべきことを伝えるために。

 

「魔法具を運び出して。術者の魔法がもし解けなかったら……」
「……」

 

しばらくの空白。やがて承諾してくれたが、如何せんリリアや館の人間だけでは不安すぎる。
ラドワであれば魔法の知識がある。それに、彼女であれば最悪の事態になったとき、次の策を『外』から思いつくかもしれない。保険としては、この上なく適している。

 

「私が残って魔法具を運び出すわ。
 いくら何でも、私だって親しい人たちが戻ってこないってなったら心は痛むわ。だから、必ず帰ってくるように。いいわね?」
「あぁ、任せとけ!だからてめぇも、そっちゃあ頼んだぜ!」

 

羽ばたく。カモメが、飛び立つ。
それを見送ると、残ったカモメは己の成すべきことをするために動き始めた。

 

 

「こっちだ!」
「まだ着かねぇのか……!?」

 

森を、走る。
木々を分けて、カモメは飛ぶ。
一羽の白い翼を追って、飛び続ける。
変化の少ない森の中を、迷うことなく飛んで行く。
目印も、何もないはずなのに。一切の、迷いがない。

 

「……ねぇ、少し思ったんだけど。」

 

そんな中。ロゼが、アルザスに語り掛ける。
冷たい目で。見透かすような目で。


―― 笑っているはずなのに、笑っているように見えない表情で。

 

「術者の作り出した空間に居たのに、どうやってそこを脱出したのかしら?
 それだけじゃないわ。あんたがアスティを一人置いてくるなんて、ありえない。守ることに執着するあんたが、孤独を恐怖する彼女を置いてくるなんて、ね。」

 

あぁ、回りくどいわね。自分で言っておいてナンセンスだわ。
だから、単刀直入に聞くわ。
鋭い目線が、アルザスを射抜く。

 

「あんた。……アルザス、よね?」
「……」

 

図星、だろうか。
そう思った刹那、アルザスは声を漏らし始める。肩を震わせながら、前を向いて走りながら、

 

「……くくっ、っははははは……あぁ、そうきたか。」

 

面白そうに、笑うのだ。
それがロゼには不快だった。めっちゃ不快だった。

 

「残念ながら、俺はアルザスだ。どうやって空間を抜けたかはそのうち
「うっさいとんがり耳。あんまり調子に乗ってんじゃないわよ食うぞ。」
えまって酷くない?ちょっと面白くて笑ったらこの仕打ち酷くない?てか食うの?俺食われるの?」

 

張り詰めていた空気が台無しである。
が、この気の抜けるようなツッコミができる辺り、やはり彼はアルザスなのだろう。ちょっと調子に乗った彼はせき込み、今度は真面目な調子で話し始める。

 

「……とにかく。どうやって空間を抜けたかはそのうち分かる。……にしても、やっぱお前、鋭いよな。」
「まぁ、ね。……人への関心を大事にしてるもの。」

 

踏み入れる。
空間の入り口へたどり着く。一瞬にして眩しい光に覆われ、黒い森は姿を変え――

 

―― 美しい、『絵に描いたような』景色に変わった。
辺りには美しい緑に澄んだ空。アルザスを除く皆が、しばらく状況を呑み込めずにいた。
そんな中、一番初めに口を動かしたのは領主だった。

 

「リート……間違いない、ここはリートだ……」
「ど、どうなってんだ!?何が起きたんだ今!?」
「この眺め……そんな……」
「あっ、おい、一人で動くんじゃねぇよ!」

 

追うぞ!と、アルザスの言葉。事態が呑み込めていないまま、残りの仲間も駆け出してゆく。
向かうはこの空間の奥、花園へと。

 


―― ジョアン……ふふっ、不安なの?父親になるのが……
―― えぇ、そうね。あなたって口下手だものね
―― 大丈夫

 

「メアリー……私は……」

 

―― 抱きしめてあげて。そうすれば、言葉なんか要らないから……
―― ジョアン……

 

「メアリー!」

 

名前を、呼ぶ。
大切な者の、名前を呼ぶ。
その先に、居た者は。

 

「……かあさま……?」
「…………」
「……父上……!」

 

抱きしめる。
我が子を、一心に抱きしめる。
初めは何がなんだか分からない様子だった子供だったが、やがてその抱擁を受け止める。

 

「……ちち、うえ……?」

「……すまなかった……」

「…………」


「うん……うん……」

 

父親と、子供。
家族の姿が、そこにはあった。

 

 

「ど、どーなってんだこりゃ……!」
「これは幻です。」

 

少し離れたところに駆けつけた冒険者たち。その前に現れたのは、数時間ぶりの再会のはずなのに、やけに久しぶりに感じられたアスティだった。
何が起きているのか。説明を乞おうとして、アスティはすぐ傍の存在に視線を移した。
そこには、本来居ないはずの人間。メアリーが、いたのだった。
やはり置いてけぼりのまま、会話は進められていく。

 

「ロバートの願ったことって、これだったのでしょう?」
「そうです。皆さん……ありがとうございました。」
「え、いや、あの……」

 

せめて、説明を。
いくら緊張感がないとはいえ、話を分からないままに進められると流石に分からない。困っていると、領主が彼女の存在に気が付き、叫んだ。

 

「メアリー!」
「領主さん待ってください。この方はメアリーさんではありません。」

 

彼女は、そう言おうとして。
―― 空間が、ゆがむ。

 

「あ……!!」
「な、なんだ……!?」

 

揺らぐ、揺らめく。
不安定になる。景色がぐにゃりぐにゃりと曲がり、色がまぜこぜになってゆく。
その中で、はっきりとカペラは聞いた。

 

「!! これ、ラドワの声だ!!」

 

 

「今のちゃんと響いてた!?」
「勿論だ!耳がつんざくくらい聞こえた!」
「ここまで苦労して運んできたんだから、成功させたいねぇ!!」
「えぇ、そうね!」

 

村では、ラドワが破魔の術を魔法具を通し、森全体にかけていた。
運び出すのには館の者だけではなく村の者の手も借り、ルオール一丸となった術の行使となっていた。
館の者だけではない。村の者の中にも、家族が戻ってこない者がいる。誰一人、他人事に構えず、皆を助けたいその心でこの場に居た。

 

……ラドワには、分からなかった。
借りる手を借りて、こうなっただけで。彼らの心は分からなかった。
帰らない者など放っておけばいいのに。他の者のことなど、関係ないことなのに。
どこかでそう考える自分が居て。けれど、依頼を遂行するためには邪魔な思考だ。

 

「ラドワさん、声つらくない?私が代わるわ。」

 

知らずうちに考え込んでしまっていたらしい。声が辛いと思われたようで、リリアが交代しようと申し出た。

 

「え、あぁ、うん。……そうね、お願いしていいかしら。」
「皆で唱えればいいんだよ!」
「え……」

 

そうだよ!さっきの呪文、少しは覚えているだろう?
勿論だ!ちょっとだけなら!力を貸すぜ!
……そんな、村人の声が聞こえてきた。

 

(……どうして)

 

どうして人のことに、そこまで。
自分の家族が帰ってこないから、人を利用するためか。己のために、助力を求めているのか。
……そうではない、ということは流石のラドワでも分かった。

 

「……えぇ、皆、頼むわよ!」

 

利用できる心は利用するべきだ。
この依頼を成功させるためには、この好意を使うべきだ。
合理的に判断し、そして、再び呪文を唱え始めた。

 

 

その声は、森に、術者に、ロバートに、冒険者に、届いた。
空間が術が維持できなくなる。
魔法は破られ、景色は崩れ去る。

 

「フローラ!!」

 

真っ白な光の中で。
妖精の姿が、見えたような気がした。


  ・
  ・

 

黒い森は、神秘的な光景に包まれていた。
鬱蒼とした森ではなく、月明かりに照らされてきらきらと輝き、まるでいくつもの光が星と踊っているようだった。
術が解けた森の中で。行方不明になっていた者ら全員の姿があった。勿論、そこには森に入った冒険者も、ロバートも、父親も居た。

 

「……とっても神秘的だぁ……」
「フローラは……ここに居たんだよ。」

 

だろうね、と、カペラはロバートに笑う。その先に気になるものを見つけ、歩いていった。
そこには石でできた十字架がぽつんと存在していた。月明かりに照らされたそれは、静かにそこにあった。
古い形で、ずっと昔のものだ。じっと見つめていると、後ろから足音が聞こえてきた。今ではもう、慣れ親しんだ領主の声だ。

 

「ヴィレムに殺された子供のものかもしれないな……」
「だろーね。ここに書かれてる名前のおとうさんかおかあさんが作ったんだと思うよ。」

 

カペラが裏面を指でなぞる。そこには殆ど掠れて読めなくなってしまったが、確かに何かが書かれていることが伺えた。ほらほら見て見て、と領主に手招きし、2人でその文字を読んでいく。

 

『私たちの かわいい エリック あなたに 神の加護を』

 

声に出して読み上げ、そしてカペラは笑った。

 

「おじさんは子供は親を恨んでるって言ったけどさ、違うんじゃないかな。
 こんなに愛されてるって分かってるのに、僕だったら絶対に恨んだりできないもん!」

 

村から旅立つときの両親の顔を覚えている。
抱きしめて、泣いて、本当は引き留めたいと伝えてくれたこと。
普通の子供として生まれてきてくれたら、ずっと一緒に居られたのにと言ってくれたこと。
カペラはそれをしっかりと受け止めた。
だから、また帰って顔を見せるよ、と。両親に約束した。帰ってきてはいけないという掟はない。そうでなければ、村に顔を出しに戻ってきたゲイルと共に旅立つ、なんてことはなかったから。

 

「何してんだ、さっさと村に帰ろーぜ!」
「はーい!」
「……?なんか、すっげぇ嬉しそーだな。なんかいーことあったか?」
「うん、とっても!」

 

ゲイルの言葉に、カペラは笑顔で返事をする。
そらあいいや、と。深くは追及しなかったが、ゲイルも笑顔を返した。

 


アルザス、あんた。」
「あー……結果として、俺とアスティでロゼや皆をだます形になってしまったな。すまなかった。」
「でも、悪い人には見えなかったでしょう?」
「……まぁ、ね。優しい感じはしなくもなかったかしら。」

 

申し訳なさそうに笑うアルザスとアスティ。それにやれやれといった表情を見せるロゼ。
まんまとはめられた。が、それに今はもう、悪い気はしなくなっていた。

 

「それで領主さんを連れてくるのを引き受けた。そういうことね?」
「あぁ。だが流石に見張っているやつも必要だと思ってさ。それでアスティに残ってもらったんだ。
 アスティを一人森に走らせるのも心が痛むし。ここだったら少なからず、誰かしらはいるだろう?」
「真の意味で黒幕だったらどうしてたのよそれ。危険な賭けじゃない。」

 

流石に不用心じゃないかしら?と、ロゼは目を細める。
が、アスティはころころと笑っていた。

 

「そうですね、けれど……悪い人に、見えなかったんですよ。アルザスみたいな人だと思いました。」
「えっ」
アルザスだったらもっとバカやらかしそうだけどね。仲を取り持つためにこんな人を躍動させれないでしょ。」
「おい」
「ふふ、それは確かに言えてます。アルザスは不器用すぎますからね。」
「お前ら!どういうことだそれは!」

 

アスティやロゼにからかわれながら、アルザスは村に向かって歩き始めた。その後を仲間が、村の者が、皆が付いてくる。
目印は必要なくなっていた。あれだけ迷った森だというのに、不思議と村の方角が分かるのだった。

まるで、何かに導かれているように。

 

 

「父ちゃん!」
「父さん!」
「お前たち、心配かけたな……」

 

「ただいま。」
「…………」
「痛い……って、何で殴られなくちゃいけないんだよ。」
「馬鹿もん。親に心配かけおって……」
「心配って……親父、俺もうガキじゃないんだぞ!」
「まだガキじゃ!」

 

「ロバート……!よかった……よかった……!」
「……リリア……ごめんね。」

 

村で待っていた者たちが、それぞれの家族の元へ駆けつける。たった数日というのに、酷く久々な再会に思われた。
カモメの翼も、唯一村に残っていたラドワが5人を迎える。上手くやってくれたことは、報告を聞かなくてもこの様子から分かる。

 

「一件落着ね。でも何があったのか、教えなさいよ。」
「まぁ、色々!」
「…………あっそう。」

 

が、それはそれとして何があったのかは気になる。が、仲間たちは教えてくれない。
一人置いてけぼりにされた気分だ。

 

「……旦那様。今回のことは私に責任があります。処分を……」
「そんな、何言ってるんだよ!やだよ!」

 

領主の前に一歩歩き出し、頭を下げるリリア。
それを庇うような声を上げるロバート。勝手に森に入ったのは自分だ、だからリリアは悪くない、そう言いたげに。
……領主からの言葉は。

 

「君に非はない。私は君を罰することなんてできないよ。
 それに、今回のことで私は変わることができた。感謝しなくちゃいけないな。君と、冒険者の皆さんに。」
「それと、森にいる彼女に、ですね。」
「その通りだ!」

 

森に入ったものは、わぁっと笑みを互いに浮かべた。
しかし入らなかった者はちんぷんかんぷんである。

 

「術者って女だったの?何があったのよ。」
「ふふ、まあ、色々とね?」
「…………後で教えなかったらロゼ、あなたが私にいつか言った言葉を今度お酒を飲むときの話の種に
「ごめん教えるからやめてすいませんあたしが悪かったです。」
「……よろしい。」

 

一つため息。ともあれ丸く収まったどころか、それ以上にいいようにまとまったのだろう。
それは、領主やロバートの顔を見ればよく分かる。今はこれでいいか、と、ラドワも折れるのだった。

 

「今日は素晴らしい日だ!そうだ、祭りを開こう!準備してくれるね?」
「えぇ……!もちろん!」
冒険者の皆さんも勿論参加してくれるのだろう?」
「い、今から……!?まあ、お酒が飲めるなら……」
「あ、同じく。」

 

突然の申し出に、特に断る理由はなかった。
ラドワとロゼが勝手に決めたような形になったが、他の仲間も異論はない。ルオートにまつわるというお祭りに参加させてもらうこととなった。

 

「……あ、ロゼ、言ってなかったわ。」
「? 何かしら。」
「おかえり。」

 

その笑みは、とても穏やかなものだった。
あまりにも不意打ちのその笑みにロゼは驚いた表情を見せたが、やがて。

 

「……えぇ、ただいま。」

 

にいっ、と笑って、それからこつんと互いに拳の先をぶつけた。


  ・
  ・

 

祭りはとても賑やかであった。
皆で歌い、踊り、暗い森と黒い空をはぎ取るように明るかった。
カモメの翼が宿に戻ったのはその次の日だった。
今のルオートには、暗いという言葉は似合わない。そう、思った。
だからもう、そんな言葉を使うことはないだろう。
そこは森と人々に愛された温かな土地。今はそれがきっと一番当てはまる言葉だから。

 

それからしばらくたったある日、彼らは別の依頼を受けてヴェデールに来ていた。
ウェデールはルオートと黒い森を挟んで反対に位置する町だ。ルオートと違い活気がある。

 

「いやー、本当にアルザスさんに会えてよかったですよー。」

 

アルザスは酒場に入り、一人の男性に酒を奢ってもらっていた。因みにアスティは今他の仲間たちと行動しているため、今はアルザスと男の二人きりだ。
彼はウェデールの人間だそうだ。喧嘩に巻き込まれているところをアルザスに助けられ、お礼ということで酒をごちそうしている。

 

「そうだ。一つ面白い話でもお聞かせましょうか。」

 

楽し気に話す。特に断る理由もなければ興味はあったので、話を聞くことにした。
カランカラン、とグラスの中の氷が音を立てる。涼し気な音が響いた。

 

アルザスさんはルオートというところに行ったことはありますか?」
「あぁ、つい最近行ったぞ。……。」

 

妖精に会ったよ。
嘘だと笑われるだろうなと思いながら、そう口にした。しかし帰ってきた反応は意外にも淡泊なもので、そうですかとほほ笑むだけだった。
流石にこの反応にはアルザスもびっくりである。

 

「? 驚かないのか?妖精に会ったって言ったんだぞ?」
「えぇ、まあ、そうですね。普通なら驚くでしょう。」

 

男は酒を一口飲み、口を湿らせる。

 

アルザスさんはフローラの物語をご存知ですか?」
「あぁ。でもあれは本当じゃあないんだろう?子供が救われなかったって意味では。」
「おお、そこまでご存知でしたか!」

 

その話を聞いて、男は大変嬉しそうな表情をした。
それから、ウェデールの妖精の話は知っているかと尋ねてきた。本来、そういったものには詳しくはないので勿論知らず、首を横に振る。フローラの物語は、たまたま依頼で関与したから知っていただけなのだ。
男はもう一度酒を口に運んで、それから語り始める。

 

「ウェデールにもルオートと同じく妖精の伝説があります。」

 

―― 昔々、ウェデールはとても貧しい土地でした。耕しても耕しても取れる作物はお隣の半分。
でも人々はあきらめず、畑を切り開き、一生懸命働きました。
きっと神様もそれを見ていたのでしょう。ある日、それは冬になるころでした。
人々がこの冬をどう越していくか相談していたときです。森から小さな妖精たちがやってきました。
妖精たちは人々に綺麗な織物を差し出しました。
『こんな綺麗な織物は見たことがないぞ』
と、人々は驚きました。
妖精は優しく言いました。
『私たちはその織物をあなた方に伝えにきたのです』
妖精は人々に織物を教えました。その綺麗なこと。庄屋の娘からカリフのお姫様まで、その織物を欲しがりました。ウェデールはたちまち豊かな街へとなりました。
妖精は人々を愛しました。人々も妖精のことが大好きでした。妖精は人間になりました。
妖精の伝えた織物はフェルア織りと呼ばれ、今でもウェデールの街で見ることができます。

 

「……以上がウェデールの妖精の話ですね。
 この話が本当だとするとウェデールの人は妖精の子孫になるわけで、僕の祖先も妖精になるわけです。」
「これにもルオートの妖精伝説みたいに裏があるのか?」

 

鋭いですねぇ、と感嘆の声。カペラが大体こういった物語は裏があると言うし、話の流れから裏があることは推測できた。

 

「実は僕は歴史家でして。ウェデールでフェルア織りが普及したのと、ルオートで織物職人たちが殺された頃が大体同じくらいなのが分かったのです。」
「―― !!」

 

つまり、殺されたと思われていたルオートの子供たちは、森を抜けてウェデールに行ったのだ。
ウェデールの妖精はルオートの子供たちだった。……と、僕が立てた仮説ですけど、と依頼人は肩を竦める。

 

「問題はあの森をどうやって子供たちが遠くウェデールまで来れたのか……ということなんです。
 それさえ証明できればなぁ……」
「…………」

 

アルザスは、笑って、言った。

 

「それ。証明できると思うぜ。」
「え……?」
アルザス!」

 

ここで、コバルトブルーの髪を揺らしながら酒場に入ってくる者の姿を見つけた。他の仲間たちも一緒だ。

 

「そろそろ行きますよ!」
「あぁ、今行く。」

 

男に一礼をし、彼女に連れられて仲間の元へと戻る。
そうしてカモメは、旅路を旋回し、宿に向かった。

 

  ・
  ・

 

「なぁカペラ。ずっと思ってんだけど、あん時領主のおっさんとなんの話してたんだよ。」

 

あの時、というのは魔法具の作成の際に領主を連れてきた、あのことだろう。
それを尋ねられたカペラは、べっつにーと、けらけら笑ってみせた。代わりに。

 

「ねーねー。ゲンゲンはおかあさんおとうさん、好き?」
「まった唐突だなぁ……そりゃあ、嫌いになれるわけねぇじゃねぇか。かなりやんちゃ娘だったってんのに、立派んなるまで育ててもらったさ。感謝しかねぇよ。」
「だよねぇ。」

 

これが、あるべき姿だ。
あるべき、親子の姿だ。

 

「そういやさ。カペラ、村を出るとき……正確にゃ、親と離れるときさ。寂しくなかったのか?」
「え、なんで?そりゃあ寂しいに決まってんじゃん。」
「や、こうさ。別れ際にてめぇって泣いてなかったし、その歳ならホームシックんなってもおかしくねぇよなーって。つーかあたい、そーなるって覚悟してたのに全くなんねぇからよぅ。」
「あぁ、なんだそんなこと。」

 

簡単だよ、とけらけら笑う。

 

「離れていても、繋がってるから。
 声と声を交わして、繋いで、結んで。そしたらそれは、誰がどうしたって切れやしないんだ。手放さない限り、ね?
 だからさよならじゃなくてまたね、って言うし、また戻ってくるって約束したんだ。ゲンゲンだってそうでしょ?皆のところに戻ってくるってことは、それを手放さないってこと。僕も君も一緒だよ。」

 

小さな身体は、とても誇らしげだった。
まだ10歳だというのに、とてもその姿は大人びて見えた。

 

「……なっほどな。てめぇ、よーくできた子供だなぁ!」
「え、わ、ちょ、な、なにすんのさ!?」

 

思わずゲイルは、カペラの頭をわしゃわしゃと撫でくり回す。
突然のことでびっくりしたが、カペラもまんざらではなさそうな様子だった。

 

 

「……なるほど。うん、やっと全部腑に落ちたわ。そんなことが起きてたのねぇ。」
「やー、ラドワには叶わないわー。ってことで、これであのときの話は……」
「しょうがないわねぇ。後で仕返しに私のことも暴露されそうだもの、今日は勘弁してあげるわ。」

 

それを聞いて、ほっと胸をなでおろすロゼ。
そんな様子を見て、ラドワは愉快げに笑った。

 

「あ、ラドワ、ちょっと。」

 

森に入らず、残って村人と自分たちの帰りを待つ立場に立った。
だからこそ、今のうちに聞いておきたい。

 

「どうだった?皆とあたしたちの帰りを待ってる気分は。
 というより、残された側の気分ってやつ?なんか思うとこあったんじゃない?」
「……さあ。ただ。
 私には分からないわ。何であんなに皆必死なのか。ううん、ちょっと違うわね。
 なんで皆、別の誰かのためにあんなに一生懸命になれるのか。人に対してあそこまで一生懸命になれるのか。馬鹿らしい、とさえ思うわね。」
「……へぇ。」

 

あまりにも冷酷な言葉だ。というよりも、彼女には人に対しての関心がなさすぎるように思えた。
実際そうなのだろう。彼女は自分を中心に考える。ただ荒事になると面倒だから周りにある程度合わせて、空気を読んで。分からない一方で、賢く生きる術というものをラドワは持っている。
ある意味それは、ロゼとは反対であった。

 

「ねぇラドワ。あたしね、あんたがあたしにただいまって言ったとき。あぁ、これあたし勝ったなって思ったのよ。」
「はあ?何がよ。ってかなんの勝負なわけこれ。」
「ふふ、何でもないわ。ただそうね、その分からないっていうの。いつか、嫌でも分からせてやるわ。だから今のうちに覚悟してなさいよ。」

 

分からないと答えられてしまう今は、きっとまだ引き分けだ。
『あの日』の賭け事を。ロゼは、決して忘れない。
絶対に、勝ってやる。今はまだ、始まったばかりだ。

 

 

「アスティ、あれからどこも痛まないか?本当に大丈夫か?無理をしていないか?」
「もう、アルザスは心配性ですね。大丈夫ですよ、フローラが全部治してくれましたから。」

 

もうそこそこ前になるはずなのに、アルザスは今だにアスティが庇ったあのときのことを気にしている。
それだけ、彼は優しいのだとも思ったし、誰かを失うことが本気で怖いのだと思った。アスティはそれを、重たいとは思わなかった。

 

アルザス。私が怪我をして、あなたはこれなんです。その逆だって成立するということをどうか分かってください。」
「……それは、フローラの術の中のお前を見てよく分かった。分かったんだけど……やっぱり俺、あのときのこと、思い出して。また守れないんじゃないかって思ったら、怖くて……」

 

臆病者だと笑うだろうか。自嘲気味なアルザスに、アスティはそんなことないと首を横に振った。

 

「それだけ、かつてのことを悔いているということでしょう?それだけトラウマになっているということでしょう?
 私はそれを笑うなんてできませんよ。あなたは、あなたの過去と戦っている。……でも今は、それは一人で戦っているんじゃありません。私も戦いますから。」

 

繋ぎとめられるように。
喪失を恐れるあまりに、消えてしまいそうになるあなたを繋ぎとめられるように。
優しい笑みを浮かべて、アスティはアルザスの手を握った。

 

「さあ、帰りましょう、海鳴亭へ!」
「…………」

 

手を、握り返す。
暖かくて、柔らかい手だった。

 

「……あぁ!」

 


カモメが6羽、帰ってゆく。
それぞれの想いを乗せて、仲良く、帰るべき場所へ。

 

 

―― その次の年、ルオートの領主はずっと昔になくなってしまったお祭りを復活させました。


―― 回りの村や町からもたくさんのこともたちがお祭りにやってきました。その光景は、まるで星空のようにきらきらと輝いていました。


―― その中に一人、誰も知らない、顔の倍はあるようなお面をつけた小さな女の子がいたということです。

 

 

 

 

☆あとがき
2話目から90kbですって奥さん。
プレイ用(1回目)とリプレイ用(2回目)で回したんですけど、実はちょこちょこ役割が違ってまして。普通にプレイしたときの展開で書く気満々だったから焦ったよね!!何がって、プレイ版だとアルザスがついていくんだけど、リプレイ版だとラドワさんがついていくの!!やめろぉおおおおお、ストップ、ストップだ!!ここが変わるのはまずいぞカモメ!!ということで、実はリプレイ時とは違う役割でお送りしております。主な相違点は

・アスティが森に一人で向かうとき、1回目はアルザスが向かうけど2回目はラドワが向かった
・居残りは1回目はラドワだけど、2回目はゲイルが残った

 

です。あとは2回目の狼戦のとき、アルザスアスティだと勝てたんですがアスティラドワだと負けまして。いや勝てる方がおかしいんだよここは!負け試合だから!アルザス君は本プレイ時の手札回りがめちゃくちゃよくてスパダリでした。

あと書いててびっくりしたことがですね。
アスティちゃん、もっと引っ込み思案で自虐的or自傷的かと思ってたんですよ。そんなことないですね。むしろアルザス君の方がヘタレ説出てきましたね。
ロゼちゃんラドワさんのやりとりについては、そのうち見えてくるものがあると思います。今はまだかなりぼけてますね。カペラ君ゲイル姐?あれはほのぼの枠です。闇なんてないです。


☆その他
所持金:1000sp→1800sp→200sp(火矢(武闘都市エランより)、銀の矢尻(アークライト傭兵団より)の購入。ロゼへ)

レベル:
アルザス、アスティ、ロゼ、カペラ 1→2

 

☆出典

ann様作 『フローラの黒い森』より