海の欠片

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リプレイ_2話『フローラの黒い森』(3/4)

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「なあ、皆はどう思う?
 村人やロバートは本当に森へ行ったんだと……思う、んだ……だが、あいつらは森で見つからなかった。」
「……森で何かが起こっている、そんな気がするの。」
「何か、って……」

 

アルザスの言葉に、ロゼが言葉を返す。
互いに、声の調子はどこか重たかった。

 

「分からないわ、けれど、村の人たちも言ってたでしょ?不思議な森だって。
 元々魔法がかかってた、あるいは、誰か、魔法をかけた。
 その魔法を解いたら……何かしらの変化があるんじゃないかしら?」

 

もう一度森に行ってみましょ。ロゼに促され、カモメの翼は再び森の前まで訪れた。
森には魔法がかかっている可能性が高い。それならば、先ほど持ち出した破魔の術、魔法を打ち砕く術を森にかけらば何かしら変化は起きるだろう。
だが、森は広い。ラドワは術を唱えようとしたが、一人で唱えたところで術の行き届く範囲は限られている。竜の呪いにより、人よりもずっと強い魔力を保有するものの、相応に引き出す技量はまだ持っていない。下手に引き出そうものなら、呪いに飲み込まれる可能性だってある。
呪いを持つ者皆そうだ。力はあるが、それを引き出せる力はまだまだ小さい。飲まれない程度に、扱える程度にしか海竜の力を使うことができないのだ。
ともあれ、森全体に魔法をかけなければならない。どうしたものか、そう悩んでいると、ロゼが声を上げた。

 

「そうよ!森全体に魔法をかけちゃえばいいのよ!」
「えええええええ、どうやってぇ???」
「ここに破魔の魔術書もあるわ。つまり、声を拡散させれば、森の……少なくとも、ルオート付近には届く!」
「魔力がないと魔法は意味ないんじゃないか?森全体に魔法をかけるのにどれだけの魔術師が必要だと思っているんだ。
 ……確かにラドワなら、可能かもしれないが、流石にそこまでまだ魔力を引き出すなんてことはできないだろう?」
「えぇ、無理よ。」

 

きっぱり、無理だと主張する。
自己犠牲の心どころか我が身が可愛いと考えるラドワだ。多少の危険ならともかく、あまりにもハイリスクすぎる提案はしない。これで折れるかと思ったが、ロゼは更に考えを話す。

 

「唱える側に魔力なんか必要ないわ!魔法石を使うのよ、研究室にあった!」
「……つまり、魔法石で声を封入して、更にそれに魔力をつけて拡散させるものを作るのね?」
「ざっつらい!これなら上手く行きそうでしょ!」
「無茶よ……」

 

名案だと語るロゼに対して、あまりにも無茶だと誰もが思った。
できなくはないのかもしれないが、規模の大きすぎる話だ。明らかに自分たちの技量を超えている。
それでも。
それでもロゼは、食い下がるのだ。誰かの力に振り回される、懇願することを彼女は嫌うのだ。

 

「じゃあ何?リューンにあたしたちだけじゃ依頼を達成できないから助けてって、頭下げるっての?あたしたちだけじゃどうしようもないって、頭下げるの?助けてくださいお願いしますって、こんな依頼もあたしたちはできませんって泣きつくの?」
「それは嫌よ、ただの恥さらしになるわ!」
「じゃ、さっそく作戦開始ね!」

 

ロゼが感情的になることは、あまり多くはないとアルザスやアスティらは思っている。
されど、誰よりも抗う意志を持ち、味方を呼応させる言葉を使う。カペラのような言霊ではなく、彼女の純粋な、決して手放すまいとする自分という精神が。
自由な翼は、風を従えるのも上手いのだ。

 

「……でも、その間、森に居る人たちはどうなるのでしょうか……?」

 

館に戻ろうとして。不安げに、アスティが声を漏らす。
それは作戦が上手くいくかどうか、ではなく。森に居る者の安否の心配からだった。

 

「もーちと待ってもらうしかねぇだろ。」
「……狼の可能性も捨てきれないんですよ……」

 

ぎゅっ、と手に力が篭る。
怖い。けれど。それよりも。

 

「……すみません……私、もう一度森に入って探してみることにします!」
「ちょっと何言ってるの!?今森に入ったら夜になるわよ!?
 それに、あなた……一人で森に入れるわけ?」

 

彼女にとって、一人になることはこの上なく耐えがたい苦痛である。
だというのに、一人戻るというのだ。あまりにも後先を考えない発言に、ラドワを始め、全員が反対をする。それにたじろぐ、が、アスティにとっては、

 

「……それは、森の人だって……同じ、ですよ。不安で……とても、怖いはずです……」

 

その恐怖を知っているからこそ、彼らにもその恐怖を味わってほしくないのだ。
自分なら、絶対に耐えられないくらいに怖いから。

 

「……正直に言うと、一人で森に、なんてこの上なく怖いです。ただでさえ、一人になることが私は恐ろしくて恐ろしくてたまりません。けれど、その恐怖を知っているから……私は……ロバートや、村の皆さんにも同じ思いをしてほしくないんです……」
「……はぁーーー……お前は人がいいなぁ……」

 

その訴えを聞いて、アルザスが大きなため息をついた。

 

「俺が止めても、一人で森に入っていく気だろう?
 分かった、俺もついていくよ。お前に何かあったら、俺はきっと一生悔やむことになる。何であのとき、お前を一人にしてしまったんだろうって。また同じことを繰り返してしまったって。守れず、誰かを失うのは……もう、ごめんだ。」

 

その昔、彼の住んでいた街で彼は騎士として長を守っていた。
が、目の前で竜災害により、長を守ることができなかった。長だけではなく、共に騎士を務めていた仲間たちも、街の誰一人としても。彼だけが生き残り、彼以外全て海へと還ってしまった。
だから、アスティにとって孤独が何よりも恐怖であるなら、アルザスにとって喪失が何よりも恐怖であった。もう二度と、目の前で仲間を失うなど……耐えられない。

 

「……ふふ、アルザスも人がいいですよ。でも、ありがとうございます……本当に……」
「というわけだ、構わないよな?」
「えぇ、分かったわ、なんとかしてみせる。それに、あんたを残してたら、不安でこっちのことどころじゃなさそうだしね。」

 

やれやれ、とロゼは肩を竦めた。あんたたち見せつけすぎよ、と小言を挟んで。
それを指摘されるとぐぅの音も出なかった。実際、不安のあまり途中で森に駆け出していくまでの未来が容易に想像できる。それならば、端からついていってもらった方が皆の気が楽だろう。実際、アスティを一人にするのは皆心配だったのだ。

 

「それじゃ、気を付けてね。……っとそうだわ、あの首飾りつけてきなさいな。
 助けに行って魔法にかかったらどうしようもないもの。」
「あぁ、そうだな……そしたらアスティ、お前がつけておけ。お前に何かあったら、俺が気が気でなくなるし、シーエルフである以上魔法に対して多少の耐性がある。だから、お前が持っていてほしい。」
「分かりました。それでは私が身に着けておきますね。」
「……ほんと、アルザスって過保護よねぇ。お母さんか何かかしら?」
「僕的には王子様とお姫様。」
「え、騎士と姫じゃね?」
「そこ、俺たちで変な妄想をするのはやめろ。」

 

けらけら笑う仲間に、指さして静止の声を飛ばす。まんざらでもないのか、照れているのか尖った耳の先が少し赤くなっていた。

 

「じゃ、改めて。いってらっしゃい、王子様とお姫様?」
「だからそれやめろって!あぁもう、そっちも上手くやれよ!」

 

どこか逃げるように、速足で森へと入っていった。その様子を見て仲間たちはけらけらと笑うものだから余計に質が悪い。
森に入っていく姿を見送り、さてと、と声を漏らす。

 

「じゃ、あたいらも作業に入ろーぜ!二人のためにも完成させなきゃな!」
「いっそゆっくりした方が二人のためかもしんないけどね。」
「言えてる。」

 

相変わらず、緊張感のない会話を交わしながら4人は館の方へと向かっていった。

 

 

 

「まずいですね……風でリボンが取れてしまっています。」
「手元には6本、か。一応半分残っているんだよな。取れた分はどこかに落ちているかもしれないし、拾いながら皆を探そう。」


こくり、力強く頷く。再び探索を開始し、黒い森を歩き始めた。
……が、それとはすぐに遭遇することになる。

 

「……!静かに……!」

 

一度、この森で聞いた足音。
再び姿を現す、一匹の狼。

―― 否、

 

「……っ、3匹!!」

 

始めに姿を現した後に、2匹が加勢する。狼は全部で3匹だ。
これが冒険者としての経験があるロゼやラドワ達ならまだ反撃できたのかもしれないが、よりによって剣を再び取ってから日が浅いアルザスに、戦いの心得がないアスティの2人なのだ。正直、かなり厳しい戦いだ。

 

「アスティ、下がれ!」
「でもっ、」
「いいから!」

 

前に出る方が危険だ。アスティにも、それは分かる。
分かるが、3対1で勝てる見込みがあるのだろうか?その考えは、すぐに明白になった。

 

「ぐ、くっ……!」
「ガルルルルァッ!!」

 

なんとか攻撃を凌ぎ、反撃しようにも他の狼がそれを許さない。
次々と牙を向き、アルザスに傷をつける。致命傷、ではないが、あまりにも一方的にやられるばかり。攻撃を剣で防ぎ、いなし、されど別の狼の噛みつきに対処できず、傷を作る。
アスティも傷を癒そうと試みるものの、近づいた瞬間狼がこちらに牙を向くだろう。そうなると、間違いなく彼は、自分をかばう。


それは、嫌だ。

 

「えぇい、邪魔だ――!」

 

一歩踏み込み、真正面から狼に鋭い突きをお見舞いする。口からまっすぐに剣を突き立て、そこから魔力を込め、水を爆発させた。
惨い亡骸が完成した、が、まだ残り2匹。次の一体を、と剣を振るおうとする。
が。

 

「―― アルザス、後ろ!」
「―― !!」

 

2体目の狼の攻撃を防ぎ、距離を取った刹那。
真後ろから、完全に視界から消えていた狼の渾身の一撃が迫ってきていたのだ。
避けられない。だからといって、引くわけにはいかない。
そのとき。

 

「……っ!!」
「な――」

 

アスティは後ろ、と言ったときには駆け出していたのだろう。
狼の全力の一撃に、間一髪割込み。
そして、それを身体で受け止めていたのだ。

 

「かふっ――、」

 

華奢な身体には、あまりにも重たい一撃だった。
ごぽり、口から血を吐き出す。あたたかいそれは、黒い森に赤い花を咲かせた。

 

「あ、アスティ、おま、お前……っ」
「ぐ、う、ぅ……っ、」

 

身体を抱くように抑える。
膝は、つかなかった。
代わりに狼狽えるアルザスの腕を掴み、走り出す。

 

「逃げ、ましょう……!!こんな、ところで、死んでたまり、ますか……!!」

 

勿論狼も追ってくる。生死をかけた鬼ごっこ。後ろから迫る狼が、まるで死神のように感じられた。
時折追いつかれ、それを回避しまた逃げる。その間にもぼたりぼたり、紅の花が地面にいくつも咲き乱れてゆく。
命が零れる音がする。砂時計のように、落ちていく音がする。

 

「アスティ、お前だけでも逃げろ!俺が時間を稼ぐから、だから」
「嫌です!あなた一人、置いていく、もの、ですか!」

 

手を放そうとするアルザスを、決して放そうとはしなかった。
いくら追いつかれそうになっても、一人戻ることは決して許さなかった。
―― 元はと言えば、自分が森に戻ると言ったから。だから、彼を危険に晒してしまった。
そんな負い目を抱えたまま、アスティも死ねるはずがなかったから。

 

「だめだアスティ、俺はお前を失いたくない!」
「そんなの、私だって、同じです!私だって、アルザスを、見殺しになんて、できません!」
「このままじゃ追いつかれる、だから――」

 

再び手を放せと、言おうとして。

 

「……!?今、……何だ、何かが、」

 

魔力が、魔法が、発動する。
突然閃光に包まれ、そして ――

 

  ・
  ・

 

「……ってわけなんだ。」

 

館に戻った4人は、マリアに事情を話した。
アルザスとアスティは森に向かったこと。それから、森に破魔の魔法をかけるために、領主の魔法具を貸してほしいということ。
だが、いい返事は聞けなかった。領主のものを勝手に使うわけにはいかないと、厳しい顔で反対されてしまっていた。

 

「他にもっと方法が……」
「森全体に魔法をかけるような技術はまだないんだ……」

 

だからお願いします、と頭を下げる。
難しい顔をしながらも、領主への許可を訪ねてきてくれるようで。召使いの背を見送った。
そのすぐ後のことだった。

 

「あ、いたいた!」
「皆!!」

 

後ろから姿を現したのは、リリアと別の召使いだった。
こちらのことを探していたのだろう。見つけるなり駆け寄り、嬉しそうな表情を見せた。

 

「リリアさん、どうしたの?」
「森にロバートたちを探しに行くのよね?お願い、私も連れてって!
 ロバートが恐ろしい思いをしてると分かってるのに……じっとしてるのが嫌なの……!」
「リリアさんは一度言い出しいたら聞かないから……冒険者さんたち、言う通りにしてあげてね。」
「……あー……」

 

思わず、顔を見合わせる。
なんてこったい、そう顔で会話する。やれやれといった表情を浮かべながら、ラドワはリリアに説明を始めた。

 

「……あのね、今森に行くのは危険なのよ。」
「私なら大丈夫。魔法の心得もあるから。」
「それでも、よ。私たちの予想だと、森には何かしらの形で魔法がかかってるの。
 森に入って狼に襲われながら捜索するより、まずその魔法を解くことが大切だと思う。」
「だけど……そうしたら、その間ロバートは……?」
「似たようなこと言って森に行ったバカが2人ほどいるわ。全くもってバカよ、バカ。」

 

はぁーーーと、ロゼが大きなため息をつく。片方は森に入っていこうとしたバカが心配だからついていったバカだけど、と付け加える。
ほんと、バカよねぇと頭を抱えながら、ラドワは説明を再開した。

 

「森に術者がいるとなると、状況はとても悪いわ。狼を操っている可能性だってある。
 今は魔法を解くことが先よ。魔法が解けたらすぐにでも捜索を開始するわ。」
「……そう、わかった。ごめんなさい、何も知らず早とちりしてしまって……」
「大丈夫よ。分かっているのに走り出しちゃったバカと比べたらとっても物分かりがいいもの。」

 

ねー、と、一同合唱。こいつらボロクソに言うな。

 

「でも、私にも何かできることがあるはず。協力させて、お願い。」
「私たちはいいんだけれど……」

 

ねえ?と、再び一同顔を合わせる。

 

マリアさんも酷い人じゃないのよ。ちょっと固いだけ。きっといいって言ってくれるわよ。」
「そうかしら……?」
「ちぃと頑固だよなぁあの人。もっと気楽に居たらいーのに。」
「ねー。すっごく生きづらそう。もうちょっとフリーダムに生きた方が絶対楽しいと思うのになぁ。」
「あんたらは皆フリーダムすぎるのよ。」

 

この緊張感のなさである。えーという顔を3人は浮かべるが、本当はロゼだってフリーダムに居たい。むしろそっち側なのにツッコミ不在のせいで仕方なくツッコミに回ってしまっている。
と、こちらはこちらでバカみたいな雑談をしているとマリアが戻ってきた。

 

「皆さん、旦那様が使用を許可してくださいまし……た……」

 

戻ってくるなり、2人ほど増えている。
それも、軟禁しているはずのリリアがここにいる。

 

「ジュリア!どういうことです!?」
「あの!部屋を勝手に出たのは私。だから、ジュリアや冒険者の皆は関係ない。
 私がロバートと過ごした時間はマリアさんやジュリア、館の皆とは比べ物にならないくらい短い間だけど……でも、ロバートが大切なの。帰ってきてほしい。
 道具の作成はロバートと一緒にやってたから、私も冒険者さんたちに協力できると思う。」
「……」

 

まっすぐな思いを聞いて。
ロゼが、語り掛ける。

 

マリアさん。今はリリアがどうこうとか、それよりも大切なことがあるんじゃないかしら?」

 

ロバートを見つけること。それが、先決だと。

 

「……そうですね。ロバート様がお戻りになられれば、それだけでよいのですから。」
「ありがとうございます!」

 

リリアは、深く深く礼をした。

 

 

実験室に再び戻り、必要なものを手分けして探した。
魔法石に、音を出すための装置。防音材。それらを探し、集めていく。

 

「魔法を増幅させる……多分道具でやることになると思うんだけど……」
「それらしーのねぇよな。これがいっちゃんの問題だよなぁ……」

 

うーん、と唸る。自分で作ったものでなければ、そこまで詳しいわけでもない。ラドワも専門は魔法具ではなく、炎や氷を発動させるといった、攻撃魔法に関する術式だ。故に、あまり魔法具に関しては詳しくないのである。

 

「どっちにしても、魔法具、なんだよねぇ。
 ……そーだ、ロバートのお部屋に本があったよね。もしかしたらヒントになるよーなのがあるかも!見てくる!」
「おっけー、そしたらあたしたちは魔法具を探してるわね。」

 

うんっ、ととててててと可愛らしい足音を立てながら、カペラは部屋を離れた。
ロバートの部屋まで戻り、がちゃり扉を開く。誰もいないと思っていたが、そこにはなんと領主の姿があった。

 

「あ……」
「…………」

 

気まずい。
そう思ったのは、お互いだったのだろう。領主は黙ってロバートの部屋から出ていこうとする。
それをカペラは見送

 

「『待って』よ!聞きたいことがあるんだ!」

 

らなかった。領主が出ていくより先に、待ってほしいと叫ぶ。
言霊の力か、それとも彼にも思うことがあったのか。足を止め、振り返らずにカペラの言葉を待つ。

 

「おじさん、ロバートのこと好き?」
「……あぁ。しかし、あの子はそうではないようだね……」
「何でそー思うの?ロバートは……お父さんのこと、大好きなんだよ?」
「あの子が求めているのは私ではなく母親だ。フローラの伝説の真実は悲しいものだ。
 君たちには言わなかったが……あの子は母親を生き返らせるために森に入ったのだろう。」

 

なんだ、知ってたんじゃん。目を細めて、領主の背を睨む。
何も知らない、と始めに口にしていたが、彼はしっかりと息子の失踪理由に推測を立てれていたのだ。
それを知ったカペラは、少しむかっとした表情になっていた。

 

「でもさ、お母さんが欲しいからってお父さんが要らない理由なんかになんないよ。
 僕のいる宿の娘さんだって片親で育ったんだ。でもお父さんを慕ってる。今日だって二人で一緒に僕の朝ごはんを作ってくれたよ。」
「人はそれぞれだ。」
「…………」

 

すんごい不機嫌そうな表情だ。いつでもおこを爆発できる表情だ。
が、ぐっと堪える。聞きたいことは、他にもある。部屋を出ていく領主を追いかけながら、更に質問を投げかけた。

 

「さっきフローラ伝説は悲しいって言ったけど、どういうことなの?」

 

後を追うと、たどり着いたのは領主の部屋だった。部屋の奥で立ち止まり、壁に顔を向けたまま、カペラに語り掛ける。

 

「伝説は何がしかの形で史実に基づいている。フローラの伝説もそうだ。
 昔、ルオートはおろかな人間の治める土地だった。彼の名はヴィレム。ヴィレムは自分を思うままに戦争し、女を強姦し、人を殺した。人々は彼の我儘のために重税を課せられてた。」

 

ルオートは元来織物の盛んな土地だったが、冬になる頃、とうとうルオートの人間はこのまま言いなりになり餓死をするか、抵抗するか、それしかないと思った。
彼らの食べるものはすでにヴィレムに奪われてしまっていた。彼らは反乱を起こした。しかし彼らはヴィレムに勝つことはできなかった。ルオートでたくさんの人が殺された。
冷酷なヴィレムは森に逃げ込んだ彼らの子供たちも許さなかった。猟犬を放ち。

 

―― その子供たちを、殺させた。

 

 

「……悲しい話ですね。」
「―― 以上が、私の知っているフローラの物語、その元となった真実です。」
「そう、だろうな……人を生き返らせる魔法なんて、あるわけがないんだ。」

 

アルザスとアスティは、目を伏せた。
目の前の男性から、フローラの物語の大本についてを聞いていた。なんとも、やるせない話である。

 

「えぇ……しかし、ありがとうございました。あなた方がいらっしゃらなかったら、わたくしは……」
「いいや、俺たちは状況が知りたかったんだ。それに、術には俺だってかかっていた。」
「この首飾りのせいでしょう。私だけが無事でした。」

 

ちゃり、と、首飾りを首にかけたまま持ち上げた。
きらきらと、光を反射させる。老婆の言っていた、魔法に対する抵抗力の話は本当だったのだ。シーエルフの魔法耐性はなんだったのか?多分思ったより術が強力だったんだよ。

 

「それよりも……これは魔法です。人に暗示をかけるような。術者がどこにいるか分かりませんか?」
「……それが。」

 

そこから聞いた話は、にわかには信じられない話だった。
ロバートの部屋で、ロバートが持っている唯一のメアリーの絵。ここはリートだと、男は語った。
リートとルオートは、海を挟んでもまだ距離のある土地だ。更に信じられないのは次の言葉だ。

 

「術者、なのですが……少し行ったところに大きな花園があります。私には何がなんだか、とても信じられないのですが……」

 

メアリー様が、いらっしゃいました。
ロバート様も、一緒でした。

 

「……メアリーというと、すでに亡くなった……」
「……幻術だ。それが術者か、あるいは核か……とにかく、その花園へ行ってみるぞ!」
「……えぇ、ですが。その前に。」

 

アルザスが小屋を出ていこうとする前に、アスティはアルザスを引き留める。
なんだ、と、アスティの方を振り返る。一つ深呼吸して、それから、

―― パァン!

 

「―― っ!?」

 

身長差があるため、腕をいっぱいに伸ばし。
アルザスの頬を、叩いた。

 

「馬鹿、この大馬鹿者っ……!なんであのとき、私だけ逃げろなんて言ったんですか!なんであのとき、自分が犠牲になろうなんてしたんですか!私だって、アルザスに居なくなってほしくないのに!独りになりたくないのに!なのに、なのにっ……何で、自分の身を投げ出そうなんてっ……!!」
「…………アスティ……」

 

泣いていた。紅の瞳は、涙で輝いていた。
怖かった。独りになることが。目の前で知っている者がいなくなることが。
まだ出会ってからさほど長いわけではない。されど、独りぼっちの彼女にとって、唯一アルザスは縋ることができる人物だ。彼女にとっての記憶で、唯一一から存在する人物だ。
過ごした時間以上に、彼女にとってはそれは彼女を支えてくれていたから。

 

「……ごめんな。俺、もう誰も失いたくなくて……だから、何が何でも守ろうと、思って……」

 

痛いほど伝わった。
彼女が森に向かうと言って、放っておけなくて一緒に来た。
もう誰も失いたくなくて。誰も守れないなんてことがあってはならなくて。
恐怖の種類は違えど。お互いに、お互いが居なくなることが耐えられない。

 

「……すみません。元々は、私が森に戻ると、言ったのが悪いのに……」
「いいや、ついてきたのは俺だ。……ありがとう。無事で居てくれて。」

 

柔らかく微笑んで、それからアスティの頬に触れた。
涙を拭うように指を添わせる。……きっと、彼はまた仲間を守るために無謀な行動を取るのだろう。
ならば。それだけ。

 

「……どういたしまして。
 アルザスも……守ってくれて、ありがとうございました。けれど、もうあんな無茶はしないでください。」
「はは……善処するよ。」

 

彼を、失わないように、自分が彼を繋ぎとめよう。
記憶なき少女に、そんな強い意志が芽生えた。

 

「……さて、お説教はこのくらいにして。
 改めて、メアリーのところに向かいましょう!」
「あぁ!」

 

表情はもう、元通りだった。2人は小屋を出て、奥へと向かう。
ところで、このやり取り。めっちゃ男性の前で行われていたわけで。
まさに絵本やおとぎ話にありそうなやりとり。そういう関係だったのかぁ、なるほどなぁーーーと。何やら誤解されるようになったのだが、それはまた別のお話。

 


この空間の景色には、違和感があった。鳥が一羽もおらず、緑があふれているというのにどれも生きているようには思えなかった。鮮やかな景色。澄み渡った空。綺麗な場所、ではあるが、比喩ではなく絵に描いたような風景だったのだ。
そんな景色に不気味さを覚えつつ、2人は奥へと進む。やがて花園が見え、探していた人物も発見した。
1人の少年。きっと、彼は、

 

「……あなたが、ロバートですか?」

 

今回の探し人だ。
アスティの問いに、少年はまっすぐ見つめてそうだよ、と答えた。

 

「お姉さんは?」
「私はアスティといいます。そしてこちらの無茶をして一人死んでも構わないとか思いながら命を投げ売ろうとするとんでも自己犠牲な男がアルザスです。」
「なあ根に持ってるだろ。」
「君はどうしてここに?」
「おーい。」

 

アスティ、完璧なまでのスルー。
そんな2人に、仲良しだなぁと小さく笑みをこぼす。敵意や逃走の意はなさそうだ。質問にも素直に答えてくれた。

 

「僕、フローラに会いたくて……ルオートって知ってる?僕、そこに住んでたんだ。
 フローラは願いを叶えてくれる妖精なんだよ。僕、フローラに会いに森に行ったんだ。でも狼に追いかけられて……フローラが助けてくれた。
 フローラはとても優しかったよ。僕かあさまに会いたかったんだ。それを言ったら、かあさまを生き返らせてくれたんだ。」

 

無邪気な、心からそう信じているような、そんな表情だった。
母親を生き返らせてもらった。されど、死人を生き返らせるような術など存在していない。それでも諦められない心が、死霊術という禁忌を生み出した。
表情が険しくなったのを察し、ロバートは声を荒げる。

 

「本当なんだ!僕のかあさま、死んじゃったけど……今はリートで僕と一緒に暮らしているんだ!」

 

そこまで話して、女性が花園へやってきた。穏やかな表情を浮かべた、優しそうな姿だった。
肖像画にあった顔に、間違いはない。彼女が、メアリーなのだろう。
正しくは、メアリーの姿をした、術者。あるいは、術の核。

 

「……ロバート、花を摘んできてね。お客様をお迎えしなくちゃいけないから。」
「……。……うん、わかった!」

 

メアリーも察したのだろう。ロバートをここから遠ざけるために、花を摘ませに行かせる。
返答までの数秒の空白。ロバートも。きっと、何かを察したのだろう。不自然な間が開いたものの、素直にここから離れていった。

 

「……どうしてあなたが?亡くなったはずですよね?」
「魔術の類か、幻術の類か。……何故こんなことをするんだ。
 術者はどこなんだ?それともお前か?似ているだけというわけじゃあないんだろう?魔法か何かで似せているんだろう?」
「私が術者です。」

 

メアリーを名乗る存在は、あっさりと答える。
まっすぐ、こちらを見て。嘘をついている様子はない。
だから余計に分からなかった。

 

「どうしてこんなことをしたんだ?」
「…………」
「……だんまり、か。術を解いてロバートを開放しろ。俺たちはそのために来たんだ。」
「……それでは何も変わらない。」

 

この者が、何を求めているのか。
何を、どうしたいのか。
首を横に振る。解くわけにはいかないのだと。その理由が分からず、アルザスは大きなため息をついた。
分からない。この者が、誰なのか、何なのか。何をしたいのか、分からない。

 

「ロバートが望むことをしてあげたいのです。『そうでありたい』と思う事。」
「ロバートが望むこと?母親……あなたと暮らすことですか?」
「…………」

 

ぽつり、ぽつり、語る。

 

「もうずっとずっと昔。私はそのようにしたいと思いました。悲しさは分からなくとも、寂しさはわかるつもりでしたから。母親としてでも私が助けられるのならそれでも良いのでは、と。
 でも、それはできませんでした。人は人のぬくもりの中で暮らさなければなりません。ここでは、無理なことです。」
「…………」

 

じ、と。メアリーの姿を、今一度見る。
彼女もまた、2人を見る。
……やはり、目の前の者の考えが2人には理解できないのだった。

 

  ・
  ・

 

「私は思うんだ。子供たちが死なないこともできたんじゃないか、と。
 自分たちをヴィレムに殺されると知りながらも残していった親を恨んでいるのではないか……」
「ロバートはおじさんのこと、恨んでるってこと?」

 

問い詰めるような声だった。
かすかに声に怒りが篭る。あぁ、何もわかっていない。何もわかってやしないんだ。
されど、領主の言葉は淡々としたものだった。

 

「そうかもしれん。
 あの子は私に助け出されることなんて望んでいない。悪いが……すべて君たちに任したいのだ。」

 

なんで、どうして。
僕がロバートだったら、この人も、ロバートも、分かり合うことができるのに。
目を瞑り、一考する。彼らの関係は家庭崩壊そのものだ。
ここでカペラは、自分の両親のことを思い出す。村で生まれ、神に選ばれし子だと、いつも胸を張っていた。実際これは神に選ばれたものでもなんでもなく、海竜の呪いであり、むしろ祟りであるのだが、彼にとってはどっちでも構わなかった。
もし印がなければ、両親は自分を愛さなかっただろうか。
答えは、否だ。一身に愛情を受けたから。だから、そんなものがあってもなくても、二人は自分を愛して育ててくれた。そう、信じている。
だから印の真実は、どうでもいいのだ。村にとって神に選ばれし者の印が真実であるのなら、それでいい。それで、いいのだ。

 

「……よし。」

 

ぺちん、両手で顔を叩く。
すう、と息を吸い、声を紡いだ。

 

「……魔法の道具を作るのは、やっぱりおじさんにも協力してもらいたいんだ。
 親子なんだから、もっとロバートのこと大切にしてあげなよ。」
「私は私なりにあの子のことを大切に思っているのだが……」
「はぁ?本気でそう言ってんの?
 おじさんね、弱いんだよ。そんなんじゃロバートは分かってくんない。何でそう弱気になんのさ、簡単なことじゃん。」

 

煮え切らない。
きっと、大切に思っていることには違いないのだろう。けれど、呪いがあろうが、なかろうが。カペラは、声というものに重きを置く。
声で感情や考えを伝え、声でその答えを伝える。声は、人と人と繋ぐ一つの縁を、音として感じ取るためのものなのだと。
彼の言葉からは、とても縁を繋ごうという意志を感じない。怖くて、恐れて、その縁をただ、握りしめているのだ。

 

「ロバートだっておじさんと分かり合いたいって思ってるはずだよ。確かにお母さんに会いたいっても思ってるんだろうけど。でも、それはおじさんがロバートを独りぼっちにさせたからだよ。
 大切だって思ってるんだとしても、それを伝えようとしないでさ。お母さんを亡くしたことに同情はする。けど、だからって過去を見てばっかで、今を、ロバートを見ようっておじさんはしてないんだよ。」

 

間違ったこと言ってる?と、反応を待つ。
突き刺すような言葉の数々に、領主は振り返らないまま、俯く。弱々しい声が返ってきた。

 

「……いや、君の言うとおりだ。君には話しておこうと思う。
 妻を殺したのは私だ。まだロバートが小さかったとき……私は自分の道楽で妻を死に至らしめた。あの子がそれを知ったら、私をどんな目で見るだろう。……それが怖いんだ。」
「知ってる。聞いた。でもそれは事件だったしお母さんだって魔法具に興味持ってたんでしょ?だから、おじさんの魔法具を試してみた。悲しい事件だった、それだけだよ。
 それに、それは過去だよ。今のロバートに必要なのは、生きてる親だと僕は思うんだけどな?」
「…………」

 

沈黙が続く。長い静寂が部屋を支配した。
目を逸らすことなく、口を開くまで待つ。時計の針が一周しようとした頃、ようやく口を開いた。

私はどうすれば。

あぁ、とっても簡単なことなのに。
カペラは、声を繋ぐ。紡ぐ。繋ぎとめて、寄せるために。

 

「迎えにいけばいいじゃん。おとうさんとしてさ。」
「あの子は……私を、歓迎してくれるだろうか……」
「だーいじょーぶ!僕が保証するよ。
 ロバートは、絶対に歓迎してくれるって。」
「そう、か。……そうか……」

 

何度もカペラの声を咀嚼する。やがてそれも終わり、ゆっくりとカペラの方へ向きを改めた。
振り返った姿からは、ぎこちない笑みが、それでも確かな笑みが浮かべられていた。

 

「君と話していたら気分が楽になったよ。
 ずっと長い間痞えていた何かが剥がれ落ちるようだ。ありがとう。」
「どーいたしまして。いやぁ、おじさんがあんまりにもうじうじ鬱陶しく悩むもんだから、僕も珍しくおこになっちゃったよ。何でこんな簡単なことがわかんないかなって。
でもよかった。気付いてくれたみたいで。」

 

にぃっ、と、笑ってみせた。
子供特融の、屈託のない笑顔だった。

 

その2人は、一人の父親と、一人の子供だった。
ロバートも、いつか。父親にこんな表情を見せる日が来るのだろうか。
どうか、次はこの2人並んだ姿が、本当の親子でありますように。そう、カペラはそっと願った。

 

 

「カペラ!遅ぇじゃんか!」
「えへへ、ごめんねー、色々話しこんじゃってて。」

 

ゲイルの怒りの声に、にこにこした表情を返す。
じゃーん、連れてきましたー、と。後ろに歩く人物に振り返る。その姿に気が付き、全員がぎょっとした。

 

「手を貸してくれるってさ。」
「え、えぇ……?あの、こいつこんなこと言ってんだけど、いーのか?」

 

困惑した声に、領主ははっきりと答える。

 

「あぁ。今まで私は逃げていたのかもしれない。しかしそれではだめだ。
 だから私も何かしたいんだよ。」
「ね?」

 

一同、ぽかーんとした表情。
一体何を話してきたんだ。あの堅物領主様から堅苦しい雰囲気が2割減しただけでなく、なんかえらく前向きになっている。
何があったんだ。

 

「……ねぇカペラ。あんたまさか、『使った』?」
「うーうん?僕は僕の思ったことを言葉にしてきただけだよ。」

 

けらけら、けらけら。
少年は、楽し気に笑った。

 


「……リリア、君とはもっと早く話さなければならなかったな。
 あの子は……私のことをどう思っていた……?」
「私の口からは言えない。言葉にならなくて……直接聞いてあげて。きっとロバートも、そうして欲しいと思ってる。」

 

―― 作業に戻ったときに、リリアの方を振り返ってみたんだ。
ちょっとだけ、嬉しそうだったよ。

満足そうに、カペラも作業に加わるのだった。

 

 

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