海の欠片

わんころがCWのリプレイ置いたり設定置いたりするところです。

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わんころがCWと自創作関係についてあれこれ置いとく場所だぞ!

 

メインコンテンツ

■CWリプレイ カモメの翼

カードワースのリプレイ集。
「オリジナル要素とネタバレ満載」で、「全てを通して1本のストーリーになる」タイプのリプレイです。緊張感は飾り。

 

■CWリプレイ 運命の天啓亭

カードワースのリプレイ集。通称幸薄宿、オリジナル版。
カモメと違い、特殊な遊び方をしておりリプレイは後日談の日記形式。キャラロスがあります。

 

■自創作 運命の天啓アルカーナム

運命の天啓亭を自創作にコンバートしたもの。通称ライト版。
まだまだおまけ感が強い。

 

■自創作 獣化世界「天威無縫」

長編小説。飽きるまで不定期更新。別名「性癖の集大成」。読み方は「てんいむほう」。
野性が異常な進化を遂げてモンスターとなった世界で、野性を取り込みなんだかんだ上手く順応した人間たちのお話。

 

その他

■小話

・小話『死に損ないの感情論』
(ハロハナ4日目)

・小話『海鳴りが聞こえたら』
(ハロハナ後日談)

・小話『双島調査記録』
(くびよっつ後日談)

・小話『明日天気になあれ』
(ペットショップコンバート宿のアサッティとドドンパの邂逅話)

・回帰 ― 奇 円 ―
(暗夜後日談)

 

■シナリオ

・『うみ』

 

■その他

・ホワハナ感想まとめ・2・3

定期ゲ・鶏 Advent Calendar 2020 の記事
『ツッコミロール、それはロールに命を燃やす芸人の熱き魂』

 

・定期ゲームっ子のCW連れ込みデータ(2021.7.8更新)

 

 

暫くの更新予定

3月も週1更新予定!
BO5の日記の前準備や開始が近いので、4月は1回だけ更新の予定!

アルカーナム2周年記念の小ネタ記事

※メタメタしてます
※この内容自体は全年齢で問題ないんですが、この記事のきっかけがR-18有償依頼が元なので話の内容はお察しください
※大本になりましたその小説は椎平 蛙様より執筆いただきました。この場を借りてお礼申し上げます
※アイコンはいつもの通りルルクスさんより!

 

 

 

「……」

「……」

「それじゃあ第一回、『エヌとティカがそっち方面にあれそれされたので、どっちの方が罪が重かったか決めよう裁判』を行います」

「帰っていい?」

「まだ始まって1言だぞ」

「なんだよこの企画!! こんな頭のおかしい内容が2周年!? 何考えているんだ君たちは!!」

「1周年のときは裏でエヌが酷い目にあっておって」

「2周年のときは裏でティカが可哀想なことになっちゃったものね」

「その責任を僕にまで押し付けるな! 君たちと違って僕は今回が初めての出番なのだが!? 俺のことが可哀想だとは思わないのか!?」

「違うぞ、コンティ」

「可哀想で愉快だからわざわざアイコンを有償依頼で準備されてこれが出来上がっているんだぞ」

「いやだーーー!! 帰るーーー!! おうち帰るのーーーーー!!」

 

 

 

 

 

「というわけだ。俺は『正義』の大アルカナにより審判の補佐をすることになったヴェレンノだ。正直俺より可哀想なやつがいるせいで物凄く心が晴れ晴れしている

「そして俺が『審判』の大アルカナによりこんな頭のおかしい裁判の進行役になった、コンティトゥだ。コンティと呼ぶがいい。
 すぐに死んで印象がないままこうして出番を得たせいで、一人称が『俺』と『僕』、二人称が『お前』と『君』でブレッブレの人間だ。よろしくしたくないから帰らせてくれ

「……被害者のエヌ」

「私もかなり被害者ですが。あ、ティカです」

「エヌを弁護するオクエットだ」

「ティカを弁護するテラートよ」

「すでになにこれ」

 

 

 

「ところで確認しておかなくてはならないことがあるからな。これを確認するために30分は時間を費やしたからよーく聞け」

 

はてなブログは、青少年を含めてさまざまな人が利用します。過度に性的な描写や残酷な表現、暴力的な表現、配慮にかける表現は控えてください。』
『ただし、内容や文脈から、わいせつな興味を喚起したり宣伝を目的とするものではなく、記事内に直接的な性表現を掲載しないといった配慮があり、社会的、文化的な文脈での紹介にとどまると判断できる場合、公開停止や利用停止の対象とはしない場合があります』
はてなブログガイドラインより引用

 

「というわけだ。グレーを攻めすぎるな、そして露骨な表現もしないように。いいな?」

「はーい」

「全員に直接的な文章を口にするな、と警告したところで一つ言わせてくれ」

「そこまでしてこれやりたいか!?!?」

「本当ですよ!!」

「帰らせてよ!!」

 

 

 

「というわけで、エヌの罪状から見ていくぞ。こいつが何をやらかしたか。正直僕は死ぬほど興味ない

「こほん。テミシャという幼い少女に捕まり、スライム漬けにされ、洗脳をくらい、幻覚で合意なしに行い、その後洗脳を受けるままにテミシャにいいようにされ、紆余曲折あった末彼女は亡骸になったが洗脳は解けず、洗脳のまま亡骸にまで手を出し、最終的にはオクエットが手を下してやってめでたしめでた」

「無理だよ!! こんな卑猥以上に惨状な目に遭ってるやつをどうぼかして言えっていうんだよ僕に何を言わせるんだよ!!」

「言う方の身にもなれよ!! 何が悲しくっておっさんのそういうコンテンツを口にしなきゃいけないんだよ!!」

「頑張った頑張った」

「うううぅぅ……」

「やめろ照れるなそういうとこだぞ!! そうやって照れるから成人向けコンテンツに利用されるんだぞ!! もっと堂々としろ陰気でじめじめしてキノコを生やすな!!」

「そうだ、もっと言ってやれ。如何せんエヌは自信がなさ過ぎる。そのようなことではアルカーナムの一番の魔術師だとは到底名乗れぬぞ」

「少なくともアルカーナムの一番の魔術師とは思っていないしそれはそれとして君は一度取られたというのに心の傷が無さ過ぎる。見失った人の心を見つけにくいものだと諦めないで机の中も探してくれ」

 

 

「で、ティカの方は」

「失った主神を再び蘇らせるために、肉体を入れ替えられ子種を埋め込まれ、実質洗脳を受けたようなもので、その後テラートにより治療をしてもらった、と」

「凄いな、さっきの罪状と比べると遥かにマシに聞こえる」

「散々な目に遭いましたけどねぇ!!」

「あと少し助けるのが遅かったら本当に壊れちゃっていたわよね。間に合ってよかったわ」

「確かにそう書けば聞こえはエヌよりはるかにマシになるが……」

「この話のエグい部分は、えー……、…………」

(いい言い換えが思いつかない)

「未経験のまま主神の元を宿しちゃったことよねえ」

アウトのチキンレースが始まったな……いやこれなら白か? 本当に? 起きた出来事が酷すぎて罪状の確認だけでも頭がおかしくなりそうだ」

 

 

 

「ところでこの話における罪ってなんだ?」

「そりゃあ、どっちの方が教育によくないか、だろ」

「絵面的に断然エヌだろ」

「い! 異議あり!! 僕の無理やり!! 被害者!! 無理やりされたの!!」

「無理やりされたかもしれないが無理やりしたのも君だ」

「ただでさえ子供は今時やばいのに、手を出したら一発でアウトなんだよ。ほら、一緒に動物病院に行こう? 狂犬病ワクチンを打ち直そうな」

「僕たちの時代にそんなものはないし人狼を犬扱いするな!」

「こちらは真面目に異議を唱えるぞ」

「はいなんだねオクエット」

「エヌが襲われることになったのは宿の外であり、人知れぬ廃墟であった。誰の迷惑にもなってはおらぬ」

「現在進行形で僕の迷惑になっているが、それで?」

「ティカが治療していた場所を思い出してみよ」

「宿の中であれだけ叫べば聞こえるぞ」

「ッ…………」

「まあ……」

「聞こえ……」

「たか? あの話って僕やヴェレンノって生きてるか? 死んでなかった?」

「もうそろそろどこの時空で俺達が生きているのか分からないよな」

「そもそも私たちの話って、正史だと死んでるからIFの妄想なのよねえ」

「その点、余は全ての時空で生きておるから何も問題ないな!」

「自身の生死が分からなくなるほど世界線があるのもやばいな、というメタ会話も程々にして先に進むが」

「確かに。少なくともトゥリアやテセラ、トリサにあれを聞かせたかもしれない罪はでかいな」

「聞かれた私の身にもなってくれません!? そうさせられたんですよ!? 被害者に優しくなさすぎませんか!?」

「余の子供カウントは?」

「君は一切動じていない上すでに知識豊富だからノーカン」

「なんならそこのエヌの方が絶対照れてただろ」

(静かに首を縦に振る)

「たくさん耳を塞いでやったぞ!」

「…………」

「エヌの罪状が増えたな」

「あれぇ!?!?」

「もうエヌでよくないか?」

「いいですよ」

「よくない!!」

「大体やるなら防音対策をしっかりしてから行ってよ!! こっちだって聞きたくて聞いたわけじゃないんだから!!」

「それどころじゃなかったって言ってますでしょう!? 部屋から出るわけにもいきませんでしたし、音を遮蔽する魔術をありませんでしたもの!!」

「ねぇエヌ。ドキドキした?」

「えっ」

「ティカの声で、ドキドキしちゃったの?」

「それは……」

「…………」

人狼の加虐的欲求が刺激されて、余の命令で押さえつけることになったぞ」

「オクエット!! 言わないで!!」

「興奮しちゃったのね~」

「何で私の知らないところでそんなことになってるんですかこの変態!!」

「だから聞こえてきたんだから仕方ないでしょ!!」

「あれで興奮できるのって凄いな」

「というと?」

「いや……だって、オークの断末魔の方がまだ可愛く聞こえるくらいの腹から内臓を出してぶちまけるのかと思うような声出てたし」

「色っぽいというか……地面から引っこ抜かれたエウレカだっただろ」

「殺しますよ? なんなら実際聞かせてやりましょうか? あぁん?」

「謹んでお断りします」

「……やっぱりエヌの方が罪はふか」

異議あり! 異議あり!」

「ティカの罪状はもう一つある! 目隠しと耳栓してテラートに連れられて宿の中歩いてた!」

「 」

「 」

「 」

「 」

「エヌ……君……」

「目隠しと耳栓してテラートに手を引かれるティカをそんな風に見ていたのか……?」

「えっ? いやっ、ちが」

「極力外部の情報を遮断して自分の心を律して生活できるように、だったらしいが」

「お前、そういう目で見ていたのか? あれ」

「やっ、でも、目隠しと耳栓ってそういうあれそれに見えない!?」

「その考え方がなかったから普通に歩いていたのだけれども……」

「トゥリアやテセラも、純粋に心配しておったからなあ」

「まさか」

「オクエットに、やってもらいたいと……?」

「…………」

「すいません僕の方が罪深かったです……」

「否定してくれよ!! 何で自ら罪を増やすんだよ!!」

「エヌも獣性を宿した従者だから、主人に対して躾されたいって思っちゃうのねえ」

「絵面がいよいよヤバいから!! やめろ抱いても口にするな!!」

「何で僕はこんなにやばい奴らの性的事情を聞かされなきゃならないんだよ~~~!!」

 

 

 

 

「ぜぇ……ぜぇ……もういい纏めるぞ。もういい終わらせる。さっさと終わらせる」

「話を聞いてよりヤバい方がどっちかは最早明白!! この裁判はエヌの方が有罪ということで判決を下す!」

「無理やりまとめたな」

「煩い僕はこんなイカれた2周年記念をさっさと終わらせたいんだ」

「うっ……うぅ……」

「もうお嫁にいけない……こんな……こんな僕じゃ……」

「その前にオクエットの従者をやめた方がいいと思うぞ」

というか嫁に行くな。ナチュラルすぎてスルーしそうになっただろ」

「胸を張れ、エヌよ」

「こうして辛い現実と向き合い、汝は今日も余と共に歩んでおる。汝のその健気で余に忠誠を尽くす姿勢に偽りなどない」

「余には汝しかおらぬのだ。故に、これからも余に尽くすように。よいな!」

「オクエット……」

「オクエット……!!」

「いい話っぽいけど別にいい話じゃねぇーから!!」

「私も……」

「どんな目に遭ったとしても、どれだけ悲惨な運命が待ち受けていたとしても、これからもテラート様にお仕えいたします!」

「えぇ! 勿論よティカ、これからも私のためによろしくね」

「なんか主従同士でいい感じになってるけど何一つとしていい話はしていなかったからな!!」

 

 

 

「こうして一つの罪が裁かれた。罪の次に待ち受けるは許しだ」

「俺達は罪を抱え、そうして許しを得て、また歩み行く」

「これからも、俺達アルカーナムをよろしく頼むぞ」

 

 

 

「なんか綺麗に締まったけどもうこんな頭の悪い裁判ごっこはこりごりだ~~~!!」

天威無縫 15話「変調」

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日が沈むと同時に眠る白いカラスは、日が昇ると同時に目を覚ます。寒さを感じないうららかな陽気の中、カーテン越しの柔らかな朝日が目にかかればぼんやりと意識が浮上する。気だるげに大きな欠伸を一つし、ゆっくりとした動きでベッドから降りた。

(……昨日の疲れがまだ取れていないのでしょうか)

いつもはすっきりとした目覚めで朝を迎えるというのに、どうにもすっきりしなくてふわふわする。よく眠っている二人を横目に黒色のコートとマントを身に纏い、静かに部屋を後にした。
ララテアやコルテも朝は早い方だが、こちらは日の光の影響を受けないため人らしい生活リズムだ。属性や野性によるそれは体質であるため、お互いに無理に合わせないことにしていた。クレアは目が覚めてから2人が起きるまでは、宿で借りた本を読んで時間を過ごすことが多かった。この宿を経営する者らは本を読む人間ではなかったが、もう読んだからと宿に本を置いてく客がそれなりにいる。それを自由に貸し出ししており、たまに物好きが喜んで借りていくのだそうだ。持ち逃げされて困るものでもないので盗難のリスクにも寛大な姿勢だ。
壁を支えにしながらカウンターへと向かい、亭主の姿を探す。すぐにおはよ! と元気な声が聞こえてきてぱたぱたと子供が寄ってくる。すっかり調子のよさそうなサブレニアンだった。宿の手伝いをするため……ではなく、早起きすればクレアと真っ先に出会るから、という可愛らしい理由からだった。病気を治してくれた人、と認識してすっかり懐いている。

「あれ、何だか顔色悪い? 大丈夫?」

傍まで寄って、じいとクレアの顔を覗き見たのちに首を傾げる。急に晴れたけど雨の中戦ったんだよね、と昨日の不思議な天候を思い返す。虹がかかって綺麗だったよね~とけらけらと笑う。年齢相応にはしゃぐ様子を見て、くしゃりとその頭を撫でた。

「……私は大丈夫ですよ。サブレニアンは今日も早起きさんですね」
「うん! だって早起きしたらクレアお姉ちゃんに真っ先に会えるもん! 夜帰ってきたらすぐ寝ちゃうから、お話しよーってなったら朝しかないんだもん!」
「それは……そうですね……」

朝食を食べ、ララテアたちの身支度が終われば宿を出る。昼食に戻ってくることもあるが基本的には夕方まで宿には居ない。昼食中はララテアやコルテと一緒に居るため話しかけづらい。となれば、サブレニアンにとっては会話できるタイミングは早朝の、誰も起きていないこの時間だけになる。言われてみれば……と自分たちの行動を振り返り、少しばかり罪悪感を抱いた。

(……村を出れば、受ける扱いはこれほども変わる。不思議なものですね)

変異種の野性である以上、道行く人から奇異な目を向けられることはある。ひそひそ話が聞こえてくることもある。けれど、それ以上に発展することは殆どない。忌み子として危害を加えられることはなく、物珍しさから向けられる視線ばかりだ。
目の前の子供だってそうだ。難病を治療したから懐かれた。たったそれだけのシンプルなロジック。極々普通のことであるのに、白いカラスにとってはイレギュラーな子供であった。誤魔化したとはいえ、この子供は白いカラスの力を知った。治療できないはずの病を退ける力をその身に受けたというのに、これっぽっちの欲しか抱かない。純粋で無知な子供故ではあるのだろうが、それでも忌み子として扱われてきた若いカラスにとっては奇妙な事であった。

「ねえほんとに大丈夫?」
「大丈夫ですって……心配しすぎですよ」

発熱を疑い手を額に伸ばそうとするが、そっ……と距離を取られる。そもそもどちらも小柄とはいえ30センチ以上も背丈が違い、サブレニアンは火属性故に体温が高い。あんまりあたしが体温を見てもアテにならないかぁ、と諦めようとして、妙案が一つ。

「じゃあ座ってて、ひざ掛け取ってくるから。今日はよく冷えてて寒いから、ララテアさんやコルテちゃんの分も取ってくるよ」
「えぇ、お願いします。随分と今日は寒いようですから、二人も喜ぶと思います」

任せて! と胸をトンッと叩いてから廊下をぱたぱたと走っていく。それを見送れば、緩慢な動きで椅子に座り、そのままカウンターへと腕を乗せその上に突っ伏した。
戻ってくるまで目を瞑っているつもりだったが、思った以上に眠気が襲ってきた。そのままもう一度眠りにつき、寝息を立て始めた。それを見計らったようにサブレニアンはひざ掛け、ではなく毛布を一人分持ってきてクレアにかける。翼のせいで上手く身体を覆ってはくれなかったが、ないよりはマシだろう。
そのまま急いで階段を駆け上がり、まだ起きていない二人の部屋の扉を派手にバァン!! と開け、容赦のない目覚ましボイス。

「大変大変! クレアお姉ちゃんがお熱出した!!」
「なんだって!?」

おはようございます無事に一瞬で目が覚めました。飛び起きたララテアとコルテを身支度させないまま引き連れて、急いでカウンターへと向かう。自身の腕を枕にし、カウンターで眠るカラスの額に躊躇なくコルテは手を伸ばした。

「あっつ!? ララテアお兄ちゃんが熱出したみたいになってる!」

基本的に火属性は体温が高く水属性は体温が低くなりがちで、憑依型であれば更に野性による体温差が顕著に表れる。火と似た性質である陽属性を主に使用するといえど、主属性はあくまでも光属性だ。変異種特融の事情があるのかもしれないが、ここには白いカラス以外に変異種に詳しい者はいない。ましてや医学に通じている者も誰一人としておらず、これがどういった状況かどうかも分からない。

「クレア! おい、大丈夫か!?」
「ぅ……」

小さくうめき声を上げて、ゆるゆると頭を上げる。顔には汗が滲んでいて、瞼も腫れぼったくなっている。ここでようやく毛布がかけられていることに気が付いたようで、翼にかかったそれを弱弱しく握り、かぶり直した。

「……あぁ、すみません、ご迷惑をおかけするつもりはなかったのですが……」
「迷惑なんてことはないから、頼むから何でもないように振舞おうとしないでくれ。無理なんかしなくていいから」
「…………すみません」

このまま体調不良を隠し通すつもりだったのだろう。それは迷惑をかけたくないからという理由ではないのだろうな、とララテアは察する。身を強張らせ、声を震えさせる様子から少なからず恐怖や怯えといった感情があるように思えた。
原因に心当たりがないかを尋ねても、首を横に振る。大規模な野性を発動した反動の可能性をまず疑ったが、あの程度クレアにとってはどうということはないらしく、発動直後に疲弊している様子はなかった。ただの熱病であれば問題はないが、本人にとって慣れない試合があったことや変異種という人とは異なる野性を持つことから、素人判断は間違いなく危険だとララテアたちは判断する。

「あたしのお世話になってるお医者さん呼ぶ……?」
「あの人はパスしたいなぁ……サブレニアンには事情は言えないんだけど……」
「アルテが信頼できる医者を回してくれるっては言ってたけど、今日本当に来るかどうかは怪しそうだったよな」
「待ってたらいつか来るんだろーけど、そもそもそのお医者さんの想定外のことが起きてるからね」

最適解を模索するが、どれもリスクが付きまとう。クジャクの医者は実際に襲われた以上極力近づきたくない。アルテの信頼できる医者を待つには手遅れになる可能性がある。賭けて全く知らない医者を頼るのは、そもそもそれができないからアルテに相談した。故にそのどれもが避けたい解答だ。
この街で誰か他に頼れる人物が居れば、その人のツテを辿ることもできるだろう。そんな人物がいないから動けずに居るんだと、コルテは選択肢から除外しようとして思いとどまった。
一人だけ居る。レンジャー業もしているがため街に居ない可能性もあるが、宿に最後に来たのは一昨日の夜。街の外へ出かける準備期間を加味すれば、まだ街に残っている可能性はある。

「ララテアお兄ちゃん! 相談できそーな人思いついたから探してくる! お兄ちゃんはクレアのこと見てて!」

おはよう、と起きてきたシカの亭主を横切り、コルテは宿を飛び出した。何事? と首を傾げていたが、すぐにシカは事態を理解することとなった。
まだ多くの人は眠りについているカルザニアは、世界一の人口を誇る城下町とは思えぬほど静かで閑散としていた。どうか見つかりますようにと願いながら、イヌは夜明けの街を走った。

 

  ・
  ・


「ど、どうかなフィリアちゃん……早朝くからやってるお店で、この静かな街の中食べるモーニングがすっごく美味しいんだけど……」
「うん! すっごく美味しい~! こんなに早くからモーニングやってる場所なんてあったんだぁ、知らなかったなぁ~」
「そ、そうなんだ! よかったぁ、ずーっと君に紹介したかったんだ!」
「えへへ、嬉しい! この静かな場所で、二人きりで……って、すっごく特別感あっていいね!」
「分かってくれるかい!? へへ、僕も嬉しいよ……!」

きゃぴきゃぴとしたバカップルの会話に聞こえるが、自分がタダ飯を食べられるというメリット付のフィリア流ファンサービスである。あざとく振る舞いファンを利用しているようにも見えるが、合意の上で行われているので何も問題ない。むしろファンがお金を出すので付き合ってくださいと頼み込んでいる。なので決して騙して誑かしているわけではない。
テラス席で朝日が昇る景色を眺めながらモーニングが食べられるお店で、フィリアはファンの一人と食事会をしていた。ファンのために付き合っているのではなく、ちょっと付き合うだけでタダ飯にありつけるという損得勘定でオッケーを出しているとんでもないウサギだ。これが決して詐欺ではないことが最早詐欺である。

「あたし早起き苦手なの、だからね……こうしてあたしの知らない世界を教えてくれたの、すっごく嬉しいの。ほんとにお誘いありがと~!」
「僕も……苦手なのにこうして付き合ってくれてありがとう……この好きな時間、好きなお店に……いつか君と来たかったんだ」

男は木製のカップに入ったミネストローネを、赤くなって緩む口を誤魔化すようにスプーンで啜った。鼻を抜けるトマトのさっぱりとした香りがきゅっと引き締めてくれる。よく煮込まれたじゃがいもや玉ねぎはスプーンで簡単に崩れるほど柔らかく、口の中で解けるようにほろほろと崩れた。
ちょろいなぁ、と内心ぼやきながらバターロールを小さくちぎり、ミネストローネに浸してから食べる。朝早くから付き合わされることにはなったが、人の少ない時間帯にひっそりと食べる朝食は悪くない。一人で行くには早起きしなければならないというハードルが高すぎるので、まず来ないだろうが。

「フィリアちゃんは早起きは苦手?」
「あたしは夜が好きでぇ、ついつい夜更かししちゃうなぁ~ ウサギに生まれたからには月見て跳ねなきゃだめじゃん?」
「あはは、なるほど! ウサギらしくてすっごく可愛い! そっかぁ月かぁ、じゃあ今度は月を眺めながら食べられるお店探しておくね!」
「ほんと!? 嬉しい~! 楽しみにしちゃお!」

店選びのセンスが壊滅的であれば二度目はなかったが、ウサギのお目にかなったので第二回食事会 ~ウサギの代金は男持ち~ の開催が決定した。言うほどウサギは楽しみにしていないことは黙っておくとして。

「……あっ! いた! フィリアさん!」

早朝モーニングに付き合ってもらった男も運が良かったかもしれないが、それ以上に運が良かった人物はコルテだっただろう。早朝だというのに起床して、それも外に居たのだから。空気こそ読めるが読んでいる場合ではない。走るときの獣のように両手を前足のように動かし、四足走行でフィリアの元へと駆け寄った。

「ちょっと、なんだ君は!」
「じゃ、邪魔してごめんなさい! その、頼れる人がフィリアさんしかいなくって……」
「こっちは3か月も待ってやっと念願のデートができたんだ! それを邪魔される筋合いだって僕にもないね! せっかくの時間をどうしてくれるんだ!」

いや、まるで人が何股もして日替わりランチのようにデートしてる風に言うな、とフィリアは心の中でツッコミを入れたが表情を崩さない。代わりに近づいてきたコルテに、相手には分からないように耳打ちをする。

「おい。一芝居すっから合わせろ」
「え――」

次の瞬間には、両手を合わせて申し訳なさそうに頭を下げる。しっかりと上目遣いで、可愛らしさを武器にするためにしおらしく目を潤ませて。

「ごめんね! この子、最近こっちに来た子だからこの街の勝手が分からないの……あたしがこの間道案内して、それでまた困ったらあたしを頼ってねって伝えちゃって……」
「でもそれは僕には関係ないだろ! 僕にとって大切な時間がこんな子供に邪魔されていいはずがない!」
「あたしは子供に優しい人が好きだなぁ~……けど、そうだよね、あなたは納得できないよね、そうだよね……」

う、と言葉を詰まらせる。子供に優しい人が好き、と言われれば幻滅されないためにも子供に優しくしなければならない。今にも泣き出しそうな瞳で俯かれてしまえば、男としてはそれを許容を強制されているも同義なわけで。

「……ご、ごめんね! うん、大丈夫! ぜーんぜん! だって子供が困ってるんだから、優しくするのが大人だよね!」
「ほんと? でも、あたしのせいでせっかくのモーニングが……」
「フィリアちゃんのせいじゃないよ! 困ってる子供を放っておけない優しいフィリアちゃんで、むしろもーっと好きになったというか!」
「そっか、それならよかったぁ……これで、嫌われちゃったかな? って思って……」

指で涙を拭うようなそぶりこそ見せるが、完全に嘘泣きである。合わせろ、と言われてもこのピンク色の無駄に甘い空間から放り出されているコルテは、ただただ目をぱちくりさせることしかできない。すでにこの場の空気から放り出されている。

「じゃあちょっと行ってくるね」
「え? ここで話を聞くだけじゃダメなの?」
「こんなに急いであたしのところに来たのに放っておけないよ~! ごめんね、今度あたしも1つお気に入りのお店を紹介するから、それでチャラ……ってことで!」
「フィリアちゃんのお気に入りのお店!?」

もう一度一緒にご飯を食べられて、それも好きな人のお気に入りの店を紹介してもらえる。ファンにとって、これほど嬉しいことはない。むしろありがとうございます、と首を全力で縦に振ってオーケーした。ありがとう! と最後に満面の笑みを浮かべて、後日落ち合う場所を簡単に決めれば席を立ち、コルテの左手を握り、再び耳打ち。それじゃあね、と別れの挨拶を残して離れていった。

「赤の他人が居る場所だと俺『として』話しづれぇから、ひとまず朝の陽ざし亭のお前らの部屋に上がらせてもらうぜ。お前もそっちの方がいいだろ?」
「え、えっ!? 口が悪い!? えっ、ピンクできゃるんきゃるんしてない!?」
「その反応はもうララテアで見たぜ。おらっ! 吹っ飛ばされねぇよーにしっかり捕まってな!」
「え、あ、ちょ、まっ――」

ギュンッ! と風の如く走り出す。容赦のない所業の結果、早朝から起きている人はうわああぁぁぁぁ…… と、コルテの悲鳴をドップラー効果付きで聞くこととなった。


→次(ゴールデンウィーク辺りで更新予定)

天威無縫 14話「追憶」

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試験を終え、ロビーでサヴァジャーの証となるピンバッジを受け取る。これを所持しておくか、衣服の内側に着けることが義務付けられている。内側に身に着けるのは、戦闘中に引っかけてしまったり攻撃を受けて紛失する事故が多々起きたからだ。かつては紛失した際に再発行が可能であったが、それに紛れて合格していない者が再発行願いを提出する詐欺も横行し、今は無くしたらもう一度試験に合格しろ、と暴論を振りかざされている。
そうして夕暮れ時。疲労が集ったのだろう。クレアは日が完全に沈む前にベッドで横になり、眠りについていた。それを横目に見ながら、コルテはララテアの手の治療に当たっていた。傷薬が沁みる痛みに力んで炎を出しそうになるララテアを何とか止めながら、簡易的な処置は行うことができた。

「……流石にちゃんと病院行かないとまずくないかなぁこれ」

燃焼性の低い包帯を巻き、怪訝な表情で見つめる。試験場の医務室で手当てをしてもらったとはいえ、それだけで治る怪我ではない。こうして簡易的な処置こそ行えれど、自然治癒に任せるには不安な怪我だ。だよなぁ、とララテアも歯切れ悪く同意を示す。

「健康診断の有効期限ももうすぐ切れるし、リスク承知でどこか探すしかないよ。あんまりそういった賭けには出たくないんだけど……」
「危険性を減らすことはある程度できる。ヒーラーじゃなくて医者を頼る。ヒーラーのやり方を良く思ってないやつだっていることだし」
「ララテアお兄ちゃんの怪我はお医者さんを探して……あるいは、一回ピュームに戻ってアルテさんを説得する? クレアが飛べるようになったから、前よりは早く帰れるだろーし」
「一番リスクが低いのはそこだよな。ただ、もしウルナヤの奴がまだ追って来ているならあんまり街の外に出ない方がいい気もする」

そういえば、と二人に疑問符が浮かぶ。ウルナヤの人間からのアクションが一切ない。ピュームで対峙した3人の他に追っ手はなかったのだろうか。恐らくは、是だ。元々辺境の地の閉鎖的な集落だ。外に逃げた者を追うためにそこまで力を注げるとは思えなかった。だとしても、生ける霊薬を易々と手放すとも考えづらかったが。
1か月以上も探しに行った者から連絡がないとなれば、流石に村の者は次の動きを見せるはずだ。けれど、その動向が今のところ見当たらない。こちらを未だに見つけられていない可能性は十分にあり得るが、諦めたと判断を下すのは軽率だろう。

「ってことで、アルテさんに電話してみよっか」
「わぁ 最初からそうすりゃよかったじゃん」

携帯電話は1つ持っている。連絡先のコードも控えさせてもらっているため、いつでも連絡が取れる。何でそうしなかったんだろうね、とお互いに頭を抱えた。田舎暮らしで使うことがなかったからと言えばそう。電話するより本人に突撃してたもん。
コードを入力し、話し声が聞こえてくるのを待つ。常に連絡を気にしているタイプなのか、たった数秒後には声が聞こえてきた。

「はい、アルテです」
「アルテさん? コルテだよ、聞きたいこととお願いがあって」
「コルテ! ララテアも元気にしてますか? アルテお姉さん心配してたんですよ~!」

うーん、相変わらず隣のお姉さんしてる。一か月で人が変わるようなアルテではないことは百も承知だが、ここまでブレなければ不思議と安心感がある。懐かしさを噛みしめながら、コルテは目的を忘れずに質問した。

「ウルナヤから追ってきたトリの人たちってどうしてる? 脱走してない?」
「あぁ、あの人達ですか? 脱走を試みたので然るべき場所に突き飛ばしておきました。ですので彼らが追ってくることはないですよ。ふふふ、あのトリ共め、命があることを後悔するがいいです」

声が怖い。私恨が凄い。思わずぶわっと汗が出た。次に会うことがあればは彼らは唐揚げになっているかもしれない。

「えーと、警察に突き出した、ってことでいい?」
「厳密には警察ではありませんが同じようなものです。ところでコルテはタンドリーチキンは好きで」
「結構です」

もうちょっと上質な料理になっている説が浮上しちゃったな。知りたくなかったな。
流石に冗談だろうが、声のトーンがガチなので冷や汗は止まらない。電話越しの威圧感に耐えながら、次はお願いをすることに……この流れでお願いするなんて命乞いかな。

「それと、こっちはお願いになるんだけど……あのさ、クレアのことがあってお医者さんにかかりづらくって……アルテさんがこっちに来たりできないかな?」

私が? と驚いた声が機械越しに届く。それから無音になり、あぁーっと返事に悩む様が続いた。

「すみません、ピュームからそちらに向かうのは難しく……」
「だよね、そもそもアルテさんって戦える人じゃないし……」
「術がなくはないんですけど……あ!」

ぱん! と手を叩く音が小さく響いた。ではこうしましょう、と続く。

「私が信頼できる人にお声掛けしておきます。一人、あなたたちが安心して任せられるだろう人が居るので、その人にあなたたちがいる場所に向かうよう伝えておきます」

こちらからここに行けと行ってもカルザニアは広いですからね、と付け加えられる。確かに悪くない代替案だ。アルテが推薦してくれた者であれば、過度に警戒する必要もないだろう。いいよとララテアの方をちらりと見る。彼もすぐに賛成と首を縦に振った。

「ありがと! アルテさんからのご紹介、ってことなら信用できる。それじゃあリュビ区にある朝の陽ざし亭にまでお願いしていいかな? そこで今寝泊まりさせてもらってるから」
「分かりました、伝えておきます。明日あなたたちの元へ向かうように、とは伝えますが……3日くらいかかる可能性があるので、それだけお気をつけください」
「……? 忙しい人なのかな」

ともあれりょーかい、と伝え、また何かあったら電話すると伝えて電源を切った。ひとまずはいい方向に事が動いたと見ていいだろう。ほっと胸を撫でおろし、すっかり暗くなった部屋の明かりをつける。クレアが起きるのではと初めの頃は遠慮することが多かったが、今ではこのくらいでは全く起きないと確信しているため遠慮なしだ。
電球の光はさほど強くはない。読書をすれば目が疲れる程度の明かりの外では、欠けた月が空に昇ろうとしていた。サヴァジャーが戦うことで生じる野性の力を転換したこれは、何もせずとも光り輝くそれらと比べると随分とちっぽけで儚いものなのだろう。人の副属性としても取り上げられる空を移ろう煌めきは、いつの時代でも神秘的だと思わされる。科学がなかった太古の人々も、仕組みを暴いた動物が小さかった頃の人々も、それらを獣の力として奮う人々も。どの時代でも人は足を止め空を見上げるものだ。

「ララテアお兄ちゃんが一番初めにクレアを見つけなかったらどうなってたんだろうね」

窓の傍で星明りを見ながら、脈絡なしにララテアへと言葉を紡ぐ。こういうときは、ネガティブな感情を吐き出して整理したいときだ。よく知っているララテアは相槌すらなく黙って聞いていた。

「もしも羽の価値を知ってブレるような人だったら。綺麗ごと言うだけの何もしない人だったら。いいように騙して利用する人だったら。そっちの方が、遥かに可能性は高かった」

白いカラスは境遇故に疑い深い性格だった。悪意なき者の善意すらなかなか信用できなかった。だから、自分ではこうはいかなかった。自虐的に笑って、ララテアへと向き直る。

「やっぱりお兄ちゃんは凄いなって、改めて思ったんだ。私じゃあこうはいかなかったから。追っ手3人に立ち向かえなかった。モンスターの相手してこいって言われたときにね。ほんとはね、ほっとしたんだ。怖い人を相手しなくていいんだって」

弱いなあ、と呟く。それに対して、弱くないと声をかけることは簡単だ。あるいは、弱いと肯定してしまうことも。そうした励ましや事実確認がとても陳腐なものだと思ったから。ララテアは向き合っていた場所からすぐ隣へと歩き、窓を背にして宙を見た。

「村長が言ってた。
 いつか何かが起こったとして、そのときに選ばれるのは強い奴だって。人は運命が大きく変わる日が来ることも、来ないこともある。けど、その日が来たときに強くなけりゃそもそも選ばれもしないんだって」

俺さ、ちっちゃい時に村長を襲ったことあるんだ。
誠実で人のいいウサギからは想像もできない言葉だった。ただし、それは懺悔ではなく悪ガキのやんちゃな思い出話として語られた。共鳴型の野性が発覚して間もなくに時折見られる、獣の本能の暴走。自覚のない高揚感に狂わされ、闘争本能をコントロールできないまま襲い掛かる。

「……よくララテアお兄ちゃん生きてるね? 村長って確かすっごく強かったでしょ」
「あぁ、豪快に吹っ飛ばされて地面にめり込んだ
「容赦な~」

落ち着かせ方は簡単。物理だ。本能を満たしてやるか、気を落ち着かせてやればいい。村長は気を失わせるというやり方で後者をこなしたのだ。容赦はなかったが情けはあった。
当時は村に入ってきたモンスターを村長が討伐し、たまたまそれを見たララテアの野性が刺激されそのようになった。それからララテアは村長に時折稽古付けてもらうようになり、7歳という若さでサヴァジャーの試験に臨み、見事合格した。
その日から村長は、ララテアがピュームが居心地の悪い場所だと見抜いたのだろう。平和主義が多く、穏やかな村の中で闘争本能が強い者は本能欲求を満たせず、強いストレスに晒される。いつか村を出る予想はしていたからこそ、あっさりと村から彼を追放した。
そうでなければ。サヴァジャーが貴重なピュームで戦力を引き留めず見送るなどありはしない。

「だから、結果論じゃないんだって思ってる。
 もしクレアにとって都合が悪いやつらだったらっていう『もしも』なんてなくて、なるべくしてこうなったんだって」

楽観的だと笑い飛ばすんだろうな、と思惟して。そのくらいが丁度いいと己に答える。予想通り、コルテは楽観的だなぁと苦笑を漏らした。
結局のところ、自分が納得できるだけの強さを手にするしかないのだ。いくら第三者がそれでいいと肯定したところで、本人が納得できなければ堕落への手引きにしかならない。分かっているから、ララテアは道を示した。その道に沿って歩くか、はたまた逸れて別の道へ行くのか。それはコルテの自由だ。自由だからこそ、ララテアはもう一つの道を示すことにした。

「多分だけど、コルテはこっち側じゃないよ」
「こっち側って?」
「獣心信仰じゃない。獣静信仰の方がしっくりくるんじゃないかって思ってる」

記憶がなく、芯とするものがなかった。だから自分を拾ってくれたララテアの戦い方を真似するために同じ芯を得ようとした。それが己の志に合わないものだとしても、無理やり扱ってきた。臆病で闘争本能が弱い人間が、勇猛で闘争本能の強い人間の在り方を模倣しようとしても上手くいかないのは明らかなわけで。
戦闘になれば野性の本能に飲まれるどころか、理性的で人間らしい戦い方をする。強者と相見えたときも得る感情は歓喜ではなく恐怖だ。あるいはそこに歓びはなく、冷静で合理的に勝利への方程式を導き出そうとする。それは爪や牙を失った代わりに知恵で戦ってきた人間の狡さだ。

「……確かに。ずっとララテアお兄ちゃんを追いかけて、並ぼうって思ってたけど」
「なんならお互いに正反対なとこが多いからこそ並べてると思ってるよ。お互い助かってるだろ?」

じゃあ、それでいいんじゃないかな。ようやくコルテは納得したように、それでも「うん」と頷くことはできなかった。芯とはそう簡単に移ろうものではない。移ろわないからこそ芯となりえる。己が強くなるために、理想の在り方として定めることもある。それが、信仰だ。
王国の星空は、満点の星空とは言いづらかったが。淡い街明かりでしか包まれないものだから、光を邪魔するものは少なかった。


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天威無縫 13話「雨翔」

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サヴァジャー試験当日。この日は雨で、あちこちに水浸しができている。さあぁと振り続ける雨は強くはないものの、いたずらに仕込まれる泥濘みは天然のトラップだ。今日も過行く人の足を、車輪に手をかけ、彼らに土と水の洗礼を与えていくのだ。
雨は火属性や光属性にとっては都合の悪い天気だ。特に火属性は野性の出力が水により阻害され、思うように力が出せない。参ったな、と試験用の闘技場の控室で準備をしながら、ララテアはため息を一つついた。

「むしろ好都合ですよ。自分の力を示す場としては」

対してクレアはというと動じることなく落ち着いていた。彼女の野性の術の中にはいくつか陽光量に依存する。野性の出力が制限されるのではなく、術がいくつか使えなくなる。満足に戦えないのでは、と懸念するララテアの方が心配になった。

「クレアにとって日の光が少ないのは使える野性を制限させるってことだろ? 大丈夫か?」
「えぇ、任せてください」

自信満々な返事であった。自分の唇の上で、両人差し指を重ねてバツ印を作る。にぃと口端を釣り上げ、カラスらしい狡猾な笑みを浮かべた。

「雨は、私たちの引き立て役です」



「実に運がないな」

観客一人居ない小規模の闘技場は随分と静まり返っていた。実力を見極めるための採点者4人が闘技場の隅に配置され、中央には試験官が1人立っていた。表情の動きが極限にまで少ない、闇属性のワニの野性持ちであった。30は生きたであろう屈強の男性で、筋肉隆々の腕から相当鍛えられていることが伺える。特に目を引いたのは、半袖の服装から分かる肌は人の物とは言い難く、不自然にザラザラしていた。憑依型でワニの鱗のように肌が変化しているのだろう、と二人は推測した。
試験官は受験者の不利となる属性の野性を持つ者が担当し、野性ランクは3に統一されている。例外として補助役としてのサヴァジャー試験の場合は、2人を相手にするためランク4の者が相手になる。最も、どちらにせよ屈指の強さを誇る者であることには変わりない。これは挑戦者が勝つための試合ではなく、試験官が余裕を持って実力を測るための試合だ。

「天はお前たちに味方をしなかったようだが、試験は試験だ。一切の慈悲はないと思え」
「構いませんよ。味方しなかったのならば、味方にしてしまえばいい」
「いや、俺は大分辛いんだけど」

疑っているわけではないが、どのような策を取るかは結局教えられなかった。嫌な汗が雨水に紛れてウサギの身体から滴り落ちる。これが一対一の戦いであれば嬉々として挑むことができたが、今日はそうはいかない。

「それではただいまよりP5 L-α Crow、クレア・クルーウのサヴァジャー試験を行います。同伴者はR3 F-Rabbit、ララテア・ラウット。時間は10分。始めてもよろしいですね」

採点者のうちの1人が遠くから声をかける。審判やレフェリーの役割も担う採点者のリーダーだ。問題ありません、と雨音にかき消されないように声を張り上げた。
お互いに位置に付く。歩けば水が跳ね上がり、跳べばびしゃりと音を立てた。衣服が水を吸って動きづらい。条件は同じだが、素早さに重きを置くウサギや空を飛ぶカラスにとっては、重く鈍いパワープレイを得意とするワニと比べると遥かに悪条件だ。

「自己紹介をしておこう。俺はP4 D-Crocodile、ラオスゲイダーだ。本音を言うと、実は少し浮かれている」

バキバキバキ、と異質な音がワニから響く。腕が硬質化し、鱗の1つ1つが逆立ち、巨大な爪を持つ。同時に巨大な尾が生え、ハンマーのようにずっしりとぶら下がる。彼をワニと形容するには生ぬるい。怪獣か、あるいは神話に出てくるようなトカゲの男か。にやりと大きく裂けた口が吊り上がる姿は、ピュームを出てから何度も見てきた獣の顔。

「ランク5の、それも変異種を相手できるのだからな!」

彼も例外ではない。戦うことが何よりもの喜びである狂戦士だ!
陽光が遮られた戦場で、闇は力を増す。ブンッ! と音が鳴れば水の重さも武器にし、まっすぐに暴力がクレアへと向かう。

「ララテア! 1分時間稼ぎをお願いします!」

弱者であれば、翼が吸った雨水で地を這う哀れな鳥と変貌した。しかし自身の身体以上もある翼を広げ、空へと旅立つカラスは彼らの仲間入りとはならなかった。羽ばたけば水面は波を立て、壁へと押し流れる。
空へと追従する術を持たぬワニは、地上でウサギとやり合うことを強制される。巨大な口を持ち、強靭な鱗を持つ肉食の爬虫類。逃げることに特化した小動物など、まともにやり合えるはずがない。

「分かった! 持たせる!」

ただのウサギであったならば。

「1分も持つと思うな!」

ブン! と巨大な爪がララテアに再び迫る。巨大な死神の鎌は一撃で首を跳ねかねない。トンッと跳んで攻撃を躱し、反撃はしない。一撃を見極め、時間を稼ぐことに集中する。元よりそれはウサギの得意分野だ。

「―― 神は暗き岩戸へと隠れたもうた。八百万の者たちよ、何故この由々しき事態を指咥えて見ていられようか」

十分な高度を保ち、両手を合わせ目を瞑る。集中し、無防備な姿はどうぞ襲ってくださいと誘っているよう。実戦で扱うにはあまりにもリスクがあり実用的ではない。それでもカラスは守り抜いてくれると、お供のウサギを信頼した。

「―― 漆黒の刃よ、我が牙となれ」

ワニの武器は強靭な顎。両腕を合わせ、肘を起点に開けば80もの牙を持つ巨口へと変貌する。

貪欲なる処刑人ハングリー・バイト!」

グオォ! と唸り声を上げ、獲物たるウサギを飲まんと迫る。柔らかくなった土がその勢いから抉られ、濁流となり同時に襲いかかる。

「う、ぉ――!」

獰猛な両腕の攻撃が捉えたのは、虚空だった。再び跳ねて、口を ――腕の上をトンッと蹴り、くるりと一回転して着地する。が、今は雨でよく滑る。ズシャッと音を立て、数歩前のめりに足を踏み出して堪える。
ワニはすぐに身を翻し、ウサギへと襲い掛かる。それを寸前のところでこちらもくるりと器用に身を翻し、跳ぶ。ワニを欺き背を跳ねまわる白兎の如く、このウサギもまた危険な綱渡りをする。

「―― 盛れ、焔。燃やせ、骨の髄まで」

離れたところに着地。トン、と片手で心臓を叩き、ゴウッと炎を燃やす。水を浴びて白い煙幕を生み、姿を朧にする。

「ゥウウウラァァアアアッ!」

そんなもの。ワニは、お構いなしだ。
姿が隠れたのならば、姿を隠すこの煙幕ごと喰らってしまえばいい。棘を纏った腕で薙ぎ払えば、すぐにウサギも応戦する。

炎兎蹴ラビット・フット!」

自慢の脚力だけでの応戦。肉体でそれを受け止めこそするが、生身でこん棒を受け止めればどうなるか。

「っ!」

足に鱗が刺さり、顔を顰める。じんわりと血が滲んで、それが水に流され落ちていく。命だったものは二人により踏み荒らされ、土へと還る。攻撃に転じる必要はないとはいえ、分の悪い防戦一方であった。

「―― 夢想を語れ、忘れるな日出国を。お隠れになられた神よ今こそ姿を現したまへ」

地上での交戦に構わず、詠唱を続ける。微かに翼が輝き、淡き暖かな光を纏う。それは天使が人々のために祈りを捧げる姿にも似ていた。
ワニの大振りな一撃は、これで終わらない。何度でも水の中から得物をめがけ、口を開け、無数の牙を向ける。

「ガアアァァァァッ!!」
「――ッ!!」

大きく開いたまま、地面へ目掛け振り落とされる。ギリギリのところでそのまま前へ転がり、泥を巻き込み地面を滑る。足が鱗に掠ったようで、また一つ足に切り傷が増える。痛みが増していき、ワニの目的通りとなっていく。

「―― 抉れ! 穿て! そして堕とせ!」

両手を解き、ギュルンギュルンと下から上へ目掛けて全身で二回転。ワニの動きに呼応し、巨大な漆黒の槍が形成される。

「! まず――!」

ウサギを叩き潰すなどいつでもできる。地面を転がりスキを見せた。それは叩き潰すために泥の上へ這いつくばらせたのではない。
姫を守るナイトを引きはがし、攫うには絶好のチャンス。完成した槍を握り――

首無し騎士の槍デュラハン・オブ・ジャベリン!」

―― カラスへ向かって放り投げる!

焔昇拳アイトワラス・ブロー!」

普通に飛んでは間に合わない。空目掛け放つ拳で宙を目指す……が、満足ではない姿勢で詠唱もないままに技を繰り出す。ましてや今は雨だ。ロクに炎を纏わず、槍へ目掛けて中途半端な勢いのまま突っ込む形となった。
自ら攻撃を受けに行く、自殺行為だ。威力が足りず、そのままザシュ! と音を立てて肉を抉る。犠牲の代償もあり、槍の軌道は逸れカラスが貫かれることはなかった。

「ぐ、ぅうっ……!!」

回転する槍を素手で殴れば当然の報いだ。皮膚も肌も混ぜ合わされ、赤色でぐちゃぐちゃになる。痛みに呻き、左手で思わず抑える。この戦いではもう右腕は使い物にならない。土のツンとした香りの中に、鉄の香が交じる。生物を高揚させる、紅の香。

「あれにロクに野性も纏わないまま突っ込むとは、愚かな」
「約束したもんでな、1分持たせるって!」

皮肉の中には賞賛も込められていた。ふん、と笑うワニに、ウサギも顔を歪めながらも笑い飛ばした。
この程度で済んだともいえる。戦っていれば、このくらいの怪我は珍しくない。野性を持つ人間にとっては辛うじて軽傷の範疇だ。

「生意気な口を叩きっんんっ――!?」

再び衝突、かに思われた。強い光が空から射し、2匹の目を潰す。雲を割り、現れた青空の中に虹霓が輝く。雨はそこにはなく、急速に水を天へと還す。
カア。カラスが鳴く。目を見開き空へと翼を掲げていた。

「―― 時は満ちた! さあ、おはしませ! 日出刻サモン・アマテラス!!」

その日、カルザニア王国は1日雨であったはずだった。たった一匹の一分間の祈りは空模様を簡単に描き変え、何百何千万という人間を惑わせた。
最もたる被害者は。今目の前で山の天気以上に突然移り変わる様を見せつけられたワニだっただろう。

「言ったでしょう? 味方しなかったのならば、味方にしてしまえばいいと」

思ったより出力が大きくなってしまいましたが、と空から声が降る。そんなこともありますよね、と悪びれることもなく口を三日月の形に歪める。

「フィールド操作……! それも、実戦の中で、これほど広域を……!?」

属性にとって戦いやすい天候がある。肌を焼くほど強烈な日差しで燃え盛る火属性。滴る雨を味方につけ流れ揺蕩う水属性。暴風暴れ自由自在に飛び回る風属性。土煙の中で堅実に在る土属性。いずれも場を作り変えるには相当の野性の力と技術が必要になる。高ランクの野性のみが許される特権を白いカラスは使ってみせた。

「ララテア。これなら十分戦えるでしょう?」

本来この手の技は、戦闘で恩恵を得たいのであれば戦闘を行う前に発動させておくのがセオリーだ。必要となる詠唱時間や集中力が戦闘中で扱うには非現実的であるからだ。それを試験で披露し、分かりやすく支援型としてできることを見せびらかした。この時点で規格外の芸当をやってのけているが、本人は至って涼しい顔をしている。
じりじりと肌を焦がす日差しがすぐさま濡れた服を、髪を、地を乾かし、干上がらせる。泥の塊が砂となってさらさらと落ちる。雲一つなくなった空の下で、くすぶっていたウサギは炎を取り戻す。それだけではない。太陽神の威光は闇を払い、漆黒の力を削ぐ。天は火と光に味方をし、水と闇を排除する。

「あぁ、十分だ!」

怪我が治るわけではない。右腕からは血が流れ落ちるままだが、跳ねるための脚はある。ギュンッと音を立ててワニの懐へと入り、反撃の膝蹴りを腹へとぶち込む。

「場をひっくり返したからといい気になるな小僧共が!」

体格の大きいワニはそれでも少し仰け反った程度だ。構わず鱗が逆立つ腕を振り下ろし、皮を剥がんとする。それを辛うじて身を捩って回避し、その勢いで回し蹴りを放つ。その衝撃を受け流すようにワニが身を一回転。ウサギが地に着地したと同時に迫る、尻尾のハンマー。

「天照らす偉大なる光よ。恵みの空を築きて焔の祝福を与え給へ」
「―― !」

避けられない。目の前に迫る純粋なる暴力。質量で叩き壊す死神の鎌。
ただでは済まないことを覚悟した上で、咄嗟に腕をクロスにし、受け身の姿勢を取ろうとして――

白鴉の祝福アポロン・ブレス!」
「……は!?」

―― 真正面から両手で受け止める!

「オオオォォォ!!」

そのまま身を翻し、遠心力の勢いそのままに巨体を宙へと浮かせ、地へと投げ飛ばす。反動で浮いた自身の身体。そのまま着地点にいるワニへと目掛け、脚を振り上げて、

「―― 落ちろ、篝火!」

炸散脚オヴィンニク・レッグでトドメを刺した。
つもりだった。

「な――」

そこに目当ての獲物はいなかった。ワニの長く太い尻尾の肉だけが、地面に残されていた。
なんてことはない。異形化した部分の異形化を解除しただけのこと。高ランクの憑依型の野性はその場に異形化したパーツを残すことができる。腕や足は身体の切断に繋がりかねないが、本来の人間にないパーツであれば、人によっては痛みはない。
異形化の多くは、身体に獣の皮を纏っているに過ぎない。

「そこのカラスが無防備なままだなあ!!」

投げられた際に切り離した。空へと放り出されたワニは宙に闇の塊を生み、即席の足場を作り上げる。それを使い更に跳べば、空に鎮座していた白いカラスを両手で掴み、そのまま地へと自由落下を試みる。

「クレア!」

もらった、とワニの口が吊り上がる。
ワニも戦いを喜びとする狂戦士であったが、己が試験官であることを忘れてはいなかった。何をすべきか、真の獲物は何か。教えなければならない。空へ逃げる者へ、身を守る術一つなければどうなるかを。

「勘違いしているようですから教えてあげましょう」

しかし、忘れてはならない。
カラスは、狡猾な生き物だということを。

「―― 私は攻撃が苦手ですが、できないとは言っていません我らが故郷の太陽よ 穢れた生き物に制裁を

ばさり、翼を広げる。獲物が逃げないように、獲物が奪われないように翼で覆い隠すように。
カッと一際翼がまばゆく輝く。策略に嵌められたワニが離れようとしても、もう遅い。

紅炎プロミネンス!!」

ゴウッと翼が燃え上がり、炎の波動で抱えた者の肉を焦がす。焔の一撃と変わらなかったが、陽の力を持つその攻撃は光の属性と等しく、闇に生きる者を焼き払う。
超至近距離からのそれを無防備に受け止め。力なく地に堕ちるワニを、空高くからカラスは見下していた。誰も予想していなかった結末に、その場がしん、と静まり返る。

「……え、あのラオスさんに勝っちゃったの?」
「二人がかりとはいえ、マジ……?」

唖然とする採点者を置き去りにしたまま、白いカラスは彼らと同じ表情をして固まっているウサギの元へと舞い降りる。ふふん、と自慢げに微笑んでみせた。

「お前……そんな術使えるんなら追っ手をどうにかできてただろ」
「今ならある程度できるかもしれませんね」

戦い方を教えてくれたあなたのお陰です、と告げて。痛みと流血を庇うように抑えられた痛ましい右手を、目を細めて見つめていた。翼の羽は病こそ退けられるが、物理的な損傷には効果がない。ララテアが上手くやってくれなければ、その怪我はクレアが負うことになっていたのだろう。白いカラスは掴まれた際にできた、有刺鉄線で包まれたような細かな傷以外の怪我はなかった。それだけで済んでいるのは、間違いなくウサギのお陰だ。

「……すみま」
「せんでした、って謝罪はいいからな。お前が雨を上げてくれなかったら。強化術を使ってくれなかったらこうはいかなかった」

恐らく一対一でやり合っていたならば、晴れの日であったとしてもワニの方が上手だっただろう。二対一で、場を己の有利になるように作り変え、そうしてようやく勝てる相手だった。誰が見ても明らかであった力量差。それを覆してしまったのだから、誰もが白いカラスの功績を認めるざるを得ない。
負傷していない左手で拳を作り、クレアへと向ける。何ですかそれ、と首を傾げるから、拳を作って合わせる挨拶みたいなものだと説明する。ハイタッチみたいなもの、と言ってもやっぱり首を傾げられる。迫害を受けてきたカラスは、どうやら当たり前のように行われる人間同士のやりとりに疎いらしい。

「結果をお伝えしますので、ロビーで待っていてくださ……いやもうこれ、結果の審議いらなくないか? 逆に誰か合格にしないって文句言うやついる?」

ぞろぞろと戻ってきた採点者がお互いに相談し合う。本来はこの後試験官と4人の採点者で話し合い、合否を決定する。強化型は実力が目に見える形では分かりづらく、己の立ち回りや強化術の適切な強弱も吟味しなくてはならない。最低限身を守る術がなければ不意打ちに対応できず、強すぎる術を受ければ負荷がかかり野性を暴走させかねない。

「……いないだろう。全く、大したやつだよ」
「あ! ラオスさん! ご無理はだめッスよ!」

異議なし、の声を上げたのは試験官だった。よろけながらも無理に立ち上がり、慌てて採点者の一人が巨体を支える。どう見ても足りないからあと2人ほど駆け寄った。疲れ果てたため息をついて、今にも倒れそうな身体を支えられながら肩を竦めた。

「あれだけの攻撃ができるのならば、補助型でなくてもいいだろうに」
「お言葉ですが、あれは護身術にしか過ぎません。それに、真っ直ぐぶつかり合うのではなく、小細工で場をかき乱したりひっくり返す方が性に合っていますから」
「はは、カラスらしい」

これからも頑張れよ、とエールの一言を送り、去っていく。それを見送ってから、ララテアたちもそこを後にしようとする。

「ララテア。これであっていますか?」

その前にカラスに待ったをかけられる。
説明を受けるだけ受けて、その拳が交わされることはなかったから。黒い手袋で覆われた拳を控え目に突き出した。
手を振りかざされることと錯覚してしまうが故に、触れられることが苦手だった。そんな彼女が、自分から手を差し出して、触れようとしてくれている。大丈夫だと信頼してくれている。

「あぁ、合ってるよ!」

こつんと拳と拳が触れ合った。
三者が見れば何でもない勝利の喜びの共有。そこに含まれる数多の感情を、奇跡を知っているのはこの二匹だけだ。


天威無縫 12話「神話」

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フィリアと決闘をした後、治療しきれなかった怪我はヒーラーや医師にはかからずに市販薬で応急処置を行った。クジャクの医師の件があり、例えララテアだけが見てもらう場合でも何かしら不都合が出るかもしれないと考えた。警戒しすぎても仕方はないが、少なくともクレアがサヴァジャーとなり、最悪一人で街の外へ逃げられるようになってからの方がいいだろうと。基本的にこの世界ではサヴァジャーの資格がない者は、一人で街や村の外へ出てはならない決まりがある。ウルナヤのような閉鎖的な村ではともかく、秩序やルールがはっきりと息をしているカルザニアでは確実に罰せられる。この罰則は、どのような条件でも街の外に出ることを禁止される。一般人にとっては軽い罰則であるが、クレアにとってはそうはいかなかった。
サヴァジャー試験まで残り1日となった。ララテアとクレアは朝の陽ざし亭のすぐ近くにあるバトルコートでお互いに手合わせをし、クレアの練習に付き合う。コルテはその間闘技場にて戦い、資金調達を行っていた。
やりとりから稽古付けていると分かれば、殆どのギャラリーは少し見物しただけで去っていった。おかげで人だかりはできておらず、白いカラスの物珍しさや決闘を見た者が興味を持って何人かが眺めている程度だった。

「そこ、開いてるぞ!」

タンッと地面を蹴り、跳ねたウサギが横から白いカラスへと手を伸ばす。本気で攻撃はせず、少々引っ掻く程度だ。捉えたとしても掠り傷以下の痛みにしかならない。補助に特化しているといえど、身を守る術は必要である。それを実戦形式で教えていた。

「――――、」

爪が掠めれば、それは蜃気楼のように曖昧となり、ふわりと消える。それが白いカラスの策略だったと気が付いたのは、トンと背中に触れる衝撃を感じてからだ。

「そちらの背中がお留守ですよ」

先ほどまで何もなかった場所に、姿を現した白いカラスが淡く微笑む。おぉ、と数人のギャラリーから感嘆の声が漏れた。
先ほどララテアが触れたものは、クレアの野性で生み出した幻影だった。光を操作し、まるで真にそこに居るかのように虚像を作り上げる。最も生命や意志は持たず、ただの幻覚であるためそれが野性を行使することはできず、発声もできない。

「……やられた。天女の悪戯サンライト・ヴェールで姿を消してたのか」
「はい。ララテアのような単純な人は面白いように引っかかるので楽しいですね」
ぐぬぬ、否定できないのが悔しい」

天女の悪戯サンライト・ヴェールは別の技を発動させると維持ができなくなり術が解ける。幻影を作る技、触れられずの追憶ミラージュは一度詠唱し発動してしまえば何者かが触れるまで形を維持する。つまり彼女は先に幻影を作り、光に身を包みウサギから逃げたのだ。
真っ向勝負を挑むサヴァジャーが多い中、彼女のようなトリッキーな立ち回りをする者はごく少数だ。血の気が少なく、攻撃的でないが故に魔法のように野性を扱う。そのような者は、まず闘技場に立つことはない。
全く戦闘経験がない彼女も、人の戦う姿を見て、稽古付けられれば器用に立ち回れるようになった。決め手となる技がないためモンスターを狩ることはできないが、補助を行う立場には充分立てるだろう。

「よし、じゃあ今日は程ほどにして休もうか。根詰めてやると明日に響くからな」
「えっ今日はもう終わりですか?」

丁度時計塔から12回の鐘の音が響いた。正午を知らせれば、思い出したように空腹感が2人を襲った。一度宿に戻って今日はゆっくり過ごして明日に備えよう、とララテアが提案する。対してクレアはしばしの間立ち止まり、口元に手を当てて思案気な表情を見せる。

「でしたら、少しこの後付き合ってくれませんか? 行きたいところがあります」

二人きりでお願いします。そうララテアにお願いする白いカラスは、どこか上機嫌に目を輝かせていた。



カルザニア王国ディアマン区。王国の中央に位置し、獣の荒々しさの象徴となる城が堂々と存在している。この場所がある限り獣的なルールが秩序となり礎となる。それを象徴するかのように庭には巨大なバトルコートがあり、時期が来れば王族の婚約者を決めるための試合が行われる。強き者を王族に取り入れ、強き者がスドナセルニア地方を治める。ここで行われる試合の優勝者は、一生の栄誉を約束された。
同時に最も活発である城下町でもあり、重要な施設もディアマン区に建てられる。その一つが図書館であった。世界的に本の需要は少なく、図書館といえば学者や医者が利用する専門書を収容した場所という認識が一般的だ。それでも一般人向けの図書館は母数は少なくともしっかりと存在し、『物好きな』人間たちが利用料を支払い館内でのみ閲覧することができる。持ち出しができないだけで、書き写して持ち帰ることは自由だ。
ディアマン区にある唯一の一般人向けの大図書館、モグリア図書館。書物を読むための場所というよりは、書物を貯蔵し収納する場所と称する方が正しい。冊数が多くどこまでも本で埋め尽くされており、薄暗く狭い通路がより圧迫感を感じさせる。利用者が快適に過ごせるようにといった気遣いはなく、中央に20人程度が座れるテーブルとイスがあるだけだ。テーブルの中央にはデスクライトが置いてあるため、暗がりの中で読めないなんてことはないが目が疲れることが約束されている。

「うわ~すごい! 想像していたよりもずっとたくさんあります!」
「これを見てテンションが上がる人間って居るんだな……」

館内では静かに、というルールは特に設けられていない。しかし本を読みに来る物好きなど獣静信仰ばかりだから、勝手に館内は静かになった。足を踏み入れてすぐに息が詰まりそうな思いがするララテアだったが、来たいといった張本人が嬉しそうにしているのでどうにか我慢できた。

「コルテがいると不都合だった?」
「そういうわけではありませんが。主に話を聞きたかったのがララテアだったので」

仲間外れにしたというよりは、退屈させてしまうという気遣いだったようだ。本を読んで時間を潰してくれと頼んでも、それは本が嫌いな人にとってはただの拷問だ。ララテアはコルテに来る? と尋ねて来るかどうかを考える。好き好んで来ると思えなかったが、自分程も嫌悪感は抱かないだろうな、という結論になった。ぽつりぽつりと居る、本棚の数よりもずっと少ない人間に気にすることもなく、クレアは本棚に書かれた内容の種類を確認しながら歩き回った。

「ここの図書館、古書と新書を分けているのですね。探しに来たのは古書なのでこちらです」

明確な時代の境目がある。動物がモンスターへと突然変異し、人々の暮らしは激変した。変化してから生活が安定した頃合の前後で、人々は明確な区切りをつけて本を管理した。古書は数百年以上も前のものなので、保存状態を考慮して現在では内容を新たに書き写し保管されているものが殆どだ。クレアが探している本棚も、そういった理由から比較的新しい見た目の本が多かった。

「時に質問です。ララテアはどうやって自分の術の名前を決めました?」
「名前? 何で?」
「由来を知っているのか知らないのか気になりまして」

本題に入ったと理解する。由来、と問われると言葉に詰まった。向けられる微かな期待を感じ取り、どうしたものかと顔を引きつらせる。正直に語ると決心するまでにさほど時間はかからなかった。

「ごめん、実は意味は知らないんだ。実は自分でつけたんじゃなくって」
「でしょうね」
「でしょうね、って」

大丈夫ですよ、とくすりと笑う。目当てのジャンルにたどり着けば、本を抜いてはぱらぱらと捲り、本棚へ戻す。何度も何度も繰り返しながら、ララテアへの意識も逸らさなかった。

「一切期待しなかった、と言えば嘘になりますが。ララテアがそういうのを知っているようには思えなかったので。でも多分、炎兎蹴ラビット・フットだけはララテアが名付けたでしょう?」
「凄い、何で分かるんだ?」
「それだけ異質でしたから。ですが、遠く離れているというわけでもない。たまたまだったのでしょうがね」

日の光が本を傷めるからか、窓には分厚いカーテンで覆われていた。高い天井から微かに照らされる電気の明かりでは、文字を追うには苦労する。それを全くものともせずにクレアはひたすらに書物を流し読みしていく。
窮屈そうにする白い翼が、髪と同じ色素のないまつ毛が、あまりにも鮮やかな血の色の瞳が、全て異質で神秘的なものに見えた。外を覆い隠す布切れに邪魔されることなく陽光が射して、それを受けて淡く輝いているような気すらした。まるで人間ではない何者かであるように錯覚する。それが何か、とは形容できなかったが。

「誰が名付けたのですか?」
「アルテだよ。ほら、ピュームでお前の治療をしてくれた薄緑髪の」
「……アルテが」

一瞬だけ身が硬直して、すぐに本探しが再開する。ララテアはそれを見逃さなかったが、追及することはなかった。代わりに自分の話を続ける。

「なんか、ネーミングセンスがダサい! そんなのじゃ恰好が付きませんよ、いつかカルザニア王国に行くのならばパフォーマンスも視野に入れなさい! だとかなんだとか」
「一体どんな名前を付けてたのです? 凡そ想像できますけど」
「そりゃラビット・パンチだとか、ラビット・キックだとか」

どうせ全部前にラビットをつけていたのだろうな、と考えれば案の定だった。あまりにもそのままで、それはダサいと言われても仕方ありませんよと苦笑した。

「……あった。オヴィンニク」

これだけ分からなかったから、と目当てのページを見つけたそれは、深海で見つけた巨大な魚が揺らす光にも似ていた。
オヴィンニク。毛むくじゃらの黒猫の姿、あるいは犬のような姿をしていると言われる精霊。気性が荒く、真っ赤に燃える両目から炎を出し、納屋を燃やしてしまうのだという。機嫌が悪いオヴィンニクを鎮めるために、人は若い雄鶏を差し出してきたそうだ。
手に取った本のタイトルには『スラヴ民と伝承』と書かれていた。書き写され、真新しい本は現代の人でも読むことができる。しかし内容はそのままであるため、文章の構成は古文になっていた。

「スラヴ神話ですか、初めて聞きました。書き写したいので少し待っていてもらえませんか?」
「別に構わないけど……精霊? 神話?」
「そうですね……地域的な伝承と言いますか。古い御伽噺に出てくる生き物が精霊で、神というこれまた空想のお話に出てくる存在が描かれたお話を神話と言います」

短く詠唱を行えば、何もなかった空間に一冊の本と羽ペンが生まれる。A5サイズ程の大きさで革の装丁がされており、迫害が受けていた者が持っていたと考えるには大層な品だった。羽ペンに使われている羽はモンスターのものではなく、クレアから生えているそれと同じものだった。ペンの先に書くための機構は見当たらないが、どういうわけか本に先を滑らせれば黒い文字が綴られていった。

「変な術でしょう、これ。自分の作った幻をそのまま保存しておく術です。私だけが干渉できる、実用性もさっぱりな野性です」
「それも不思議なんだけど……びっくりした。読み書きできたんだな」

戦うことに重きを置くここは、あまり識字率の高くない世界だ。ましてや地方の、それもかなり閉鎖的な村で迫害を受けて生きてきた者が文字の読み書きができるとは思わなかった。現代文だけではなく、古語もすらすらと読み解ける者など学者くらいだった。

「……読み書きを熱心に勧めてきた人が居るんです。知識は役に立つから、知恵をつけろと。おかげでウルナヤにあった本は全部読みました。閉鎖的で歴史や伝統を重んじる村だったので古書が多く、古語もそれで読むことができます」
「え、読み書きを勧めてきたって……全員が全員迫害をしていたわけじゃないのか?」
「どうでしょう……なんだか利用するためにやらされた感じがします。そうではないのかもしれませんが」

ペンを綴る手が止まり、顔を顰める。苦虫を噛みしめたような表情をしていた。クレアがその者へ良い感情を抱いていないことは一目瞭然だった。悪いことを聞いたかな、と話題を切り上げようとすれば、感謝はしているのですと続きが語られた。

「その人のことは心底嫌いでした。底が読めず、何を考えているのかが分からない。もし私を憐れみ、知識を与えようとしたのであってもきっとこの嫌悪感は拭えないでしょう。それでも、その人のお陰で心の拠り所が作れたんです」

一番初めのページまで戻り、指で示す。どうぞ読んでくださいと、ララテアにのぞき込むように促した。

―― 白いカラスギリシャ神話。太陽神アポロンの使い。元々カラスは言葉を話せる白い生き物だったが、アポロンの妻コロニスが不倫をしていると嘘をつき、言葉を奪われ黒い身体へと変えられた。

「分かっています。所詮神話は作り話。人が心の拠り所を作るための虚構です」

今の人々は、神を忘れて久しい。信仰は己の心の在り方という教えとされ、生き方の軸へと変わった。獣らしく獣のように在る獣心信仰、獣を抑制し人らしく在る獣静信仰、戦うことが当たり前だからこそ平和を願う獣愛信仰。数々の神々は忘れ去られ、人と獣の心を信じて人々は今を生きる。
それでも。白いカラスは震える声で。

「本当は、白いカラスがいて。神様の使いで、黒い皆が不実であったから罰せられたのであって。白が本当は正しかったのだと、かつて人が見た白いカラスが私の野性で黒が下等なのだと……そうだったらいいなって、ずっと思ってきたんです」

それは懺悔にも似ていた。神の前で、自分の罪を告白する姿と。礼拝堂で頭を下げ、許しを乞う。最も、それは古書でしか描かれていない古の文明の一幕。知らなければそのようには形容できない。
ララテアはなるほど、と内心納得した。コルテを連れて来なかった理由の本心も分かるような気がした。かつて人々は、心穏やかに在るために神という存在を作り、信仰してきた。自分の都合のいい存在を妄信し恐怖から逃げてきた。そんなもので生きながらえられない世界だから廃れた。たったそれだけのことだ。
奇しくも白いカラスは太陽の属性を得意とし、まるで神に与えられたかのような力を持つ。神話に準えた存在だと言われても、作り話と言い切れない説得力を持っている。対して彼女は彼女だけの信仰に後ろめたさを抱えている。自分で自分を酷いやつだと自責している。

「俺もそうだったらいいなって思うよ」

信じてきたから、彼女は辛うじて潰れずに在れた。彼女は敬虔であった。その信仰が誰かを傷つけたことは一度もない。ならば、ララテアはそれがいいと思った。

「正直俺はウルナヤに乗り込んで力で解決していいならとっくにそうしてる」
「それはあんまりにも野蛮ですが!?」
「そう、クレアなら止めるだろ? 酷いことをされてきたのに村の人々を恨んでいない。恐怖で止まってる。報復を考えていない」

ランク5の野性を持つのであれば、術さえ確立できれば村を焼き払うことくらい容易い。あるいは味方につけた人を嗾け、攻撃することだってできる。しかし彼女は拍手喝采間違いなしの復讐劇を望んでいない。

「だったらそのくらい望んだっていいだろ。俺も信じるよ。御伽噺に出てくるカラスがクレアの力なんだって」

太古の人間は、太陽神も使いの白いカラスも信じたから神話として記したのだ。せっかく土から掘り起こしたのに、眉唾物としてもう一度埋めてしまうなど勿体ない。その通りであれば殊更いい。彼らは神の使いを忌み子として排除してきた罰当たりな者だと嘲笑える。
それを、このウサギは真っすぐ言えてしまうのだ。歯の浮くような話でも、真剣に目を逸らさずに言ってのける。愚直、ではない。疑い真偽を吟味する視野の広さはしっかりとある。

「……よくそういうこと平気で言えますね」
「えっ、ここ貶されるとこ? そもそも信じてるって先に行ったのクレアの方だろ」

図書館が暗くてよかった。狭くて本がいっぱいで、影に顔を隠してしまえた。取り上げるように本を奪い取り、幻想から形を消し去る。これだと何だか理不尽に怒ってしまったようだから、そうは思われたくなくて。

「……ありがとうございます」

木の葉が風に揺れる音に紛れてしまいそうな声だった。けれど、今日は風のない穏やかな日だったから。少し遅れて、どういたしましての声が聞こえてきた。


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天威無縫 11話「兎闘」




始まりは収穫を終え、喜びを祝うための娯楽の一つとして始まったと言われている。稲作に使われていた牛から闘牛に特化した牛が交配されるようになり、そうして現在では人が獣としてぶつかるようになった。
ルールは単純。武器を使わず、己の肉体と野性だけを振るう。相手が立ち上がれなくなるか降参を選ぶまで戦う。決して死者を出してはならない。これだけだ。
そもそも人間というものは、野性があってもなくても太古からお互いに争うことが好きだった。今と違って、球技や武道などルールや制限をいくつも設けて雁字搦めにしていただけで。野性などなくとも、人だって獣に違いない。
されど、獣と明確に線引きが行われるのは。言語や知能、社会性などが彼らとは桁違いだったからであろうか。


「晴れ渡る青空、穏やかな風。穏やかすぎるほどの空模様はまさに闘争日より! 皆様お待たせしました! 本日は闘技場番号8-23よりお送りしますエキシビションマッチ! これより1対1のシングルスルールでバトルが行われます!」

わああぁ、と歓声が沸き立つ。満席、とまでは行かないがそれでも席の8割は人で埋め尽くされていた。闘技場を予約し行われる突発的な決闘をエキシビションマッチと称し、場外で行われる決闘と違い大々的に宣伝が行われる。実況も行われ、闘技場の運営者たちが本格的な試合場所を作り上げる。明らかにお金を払ってやってもらうレベルだが、サヴァジャーに一切の負担はなく、それどころか観客数に応じて賞金を得られる制度となっている。

「うわ~凄い盛り上がり。それだけフィリアさんって人気者なんだねぇ」

クレアとコルテも観客として来ていた。邪魔になりかねない白い翼をできるだけ折り畳み、落ち着かない様子で辺りを見渡す。人口が多く、一定数翼が生えた者が居るおかげか悪いようにされる様子はなかった。ここに来た者たちは、そんなものより心躍らされる快楽を求めて来ているのだ。

「それではサヴァジャーの登場です! まずは皆さんご存じ! 野性カルテR1 W-Rabbit。天駆ける兎、フィリア・バルナルス!」
「やっほ~みんなぁ~! こんなにたっくさんあたしに会いに来てくれたの~? ありがとぉ~ぜぇったい勝つからねぇ~!」

両手を振り上げてから、右手で口元を当て、チュッと音を立ててひっくり返す。誰に当てたわけでもない投げキッスだ。

「うおおおおおフィリアちゃーん!!」
「見たか! 今俺に投げキッスしてくれたぞ!」
「ちっげぇよ俺にだよ何見てんだよ!」

もう一度言うが誰に当てたわけでもない投げキッスだ。このようなパフォーマンスを行い、可愛さを全面に押し出す彼女はまさに戦場のアイドルだ。フリルを揺らし、リボンを風になびかせ、笑顔を振りまく姿はあまりにも愛らしい。彼らは愛玩動物として人に飼い慣らされた日々だってあったのだ。

「対するは突如現れた負け知らずのルーキー! 野性カルテR3 F-Rabbit。気炎万丈、ララテア・ラウット!」
「頑張れルーキー! きばってけー!」
「さっさとその調子こいたブチクソカスウサギを引きずり降ろしてやっておしまい!!」
「なんかとんでもない声援が聞こえたが?」

あざとい振る舞いは分かりやすく女性に嫌われ男性に好かれる。本性を知らずに勿体ないな、と思いながらも右手で握りこぶしを作り、天へ掲げた。白く長い包帯がそれに合わせて弧を描き、戦旗の如き猛々しさを見せた。

「言わせときゃいーんだよ。俺に勝てねぇから安全なとこで吠えるしかできねぇどーしようもねぇ弱者だ。同じ土俵にも立てねぇ臆病者なんざ、その気になったらいくらでもぶちのめせるだろ?」
「ごもっともだけど……俺は、お前が本当に強くて野性的だってことを知ってもらいたいな」
「お前が頑張りゃ嫌でも証明されらぁ。期待してんぜ?」

さて、ここに放たれたるは2匹のウサギ。ウサギとは被食者であり追われる立場にあったが故に警戒心が強い生き物。気性は温厚で好奇心旺盛。ペットとしても人気が高い動物だった。やり返す角も蹄もなく、長い歯こそあれど隠れ逃げることしかできない弱者。

「二人が位置に着きました。戦いの火ぶたが今切って落とされます」

しかし忘れてはならない。
拳を、脚を、知恵を手に入れたそれは。

「―― 試合開始!!」

紛れもなく、肉を食いちぎる暴虐であることを。

「っ!!」

パァン!
開始を知らせる声が終わると同時の、戦闘開始の合図。ララテアの右手の中に、フィリアの拳が収まっていた。
なんてことはない。戦いが始まったから、殴り飛ばそうとして、それを受け止めた。たったそれだけのこと。

「俺のファストアタックを止めるたぁやるじゃねぇか」
「お約束の一撃を知っていたからな」

ウサギを蹴り飛ばし、お互いに後方に跳ぶ。ウサギは壁へと、地へとそれぞれ着地して睨むことほんのコンマ3秒。前方へと飛び、拳を振り上げたピンクのウサギの下へとオレンジのウサギは潜りこむ。

「―― 爆ぜろ、炎。気高き竜と成れ」
「遅ぇよ!」

下で地を踏みしめ、飛び上がるより早く。トンッと背をタッチし、ぐるりとその場で身を回転させ

「沈みな! ストームインパクト!!」

暴風を伴った拳を地に潜むウサギへとねじ込ませる。

「く、焔昇拳アイトワラス・ブロー!」

詠唱が終わり、技として繰り出されるより先の一撃。姿勢を崩され不十分な発動となる。それでも辛うじて宙へと飛び上がり、直撃を避けた。地面へとめり込んだ拳はそのまま嵐を大地へ伝え、ゴウッと音を立てて地が割れる。風は砂煙を巻き上げ、一瞬の煙幕はお互いの姿を消し去った。
上空へと逃げた火のウサギはそのままくるりと一回転し、

「―― 落ちろ、篝火!」

自身の真下へと炎を纏い急降下する!
風が全ての砂を場外へと放り投げ、再び快晴の空が現れれば。下に居たはずの風のウサギはララテアの遥か上へと位置していた。
にぃっと口端を吊り上げ、空気を蹴る。パン! と弾けた音と共に上から追撃を迫り、

「な、」

―― 炎のウサギも、笑っていた

炸散脚オヴィンニク・レッグ!」

地へ炸裂すると同時に、高く高く爆ぜる、火柱。マグマの中へ岩が落ちたも同然のそれは、追随する者を焼き焦がす。
フィリアの戦い方をララテアは熟知している。荒々しく力でねじ伏せるモンスター同様の気性の激しさに加え、風に乗り自由をほしいままにする柔軟性を持ち合わせている。それこそ空をも飛び回り制空権を己のものとする。
だから人はウサギをトリだと言ったのだ。

「なるほど、下から追ってくる動きに構えたんじゃなく、落ちたときの炎で焼くことが本命だったと」

火がエネルギーへと変換され、二度の攻撃ですでに凸凹になった地面でウサギがにらみ合う。風属性にとって、弱点である火属性の攻撃は命取りだ。それでもランクが低く属性の影響量が少ないこともあり、焦げてあちこちに煤や火傷を負いながらも、まだまだ風のウサギは跳ね回る元気があった。

「―― やるじゃねぇか、ララテア」
「そっちこそ。俺より速く立ち回ってくるなんて」

身体能力ではフィリアに軍配が上がった。鍛えこまれた身体は、例え潜在能力が低くとも人間の器で見れば相応に仕上がっている。そして意図して野性を使わず、人間の動きの中で勝手に野性が乗算される彼女の戦い方に詠唱は不要だ。それはあくまで人間の範疇の動きであり、野性なしでも同等の動きが可能だからだ。
一方で野性を使いこなし、人間の枠組みを逸脱したララテアはそれだけ採用できる術が多い。引き出しから最適解となる武器を取り出し、突きつける。詠唱のスキこそできるが、技から別の技へと連携してゆけば必要な詠唱も短くて済む。炸散脚オヴィンニク・レッグの詠唱が他の術に比べて短かったのもそのためだ。

「人は戦いに意味を持たせることを美学とする。何を芯とするか、何故戦うか。ララテア、お前にはあるか?」

お互いに姿勢を低くして、動き方を伺う。威嚇の唸り声は対話だ。

「誰かを守りたいだとか、世界を平和にするためだとか。お前は何のために強くなった? 野性を振りかざし、何故戦い、志とする?」

一切のスキは与えない。少しでも気を緩めれば、対話は切り上げられ幕引きへと急展開する。それはお互いに望まない。お互いにつまらない。
そんなもの、と。ララテアはダンッと音を立てて足を前に踏み出した。

「最も人間らしい生き方をしているだけだ」
「…………はっ、」

野性を持ち、本能のままに生き、強き者へと牙を向け、群れの頂点と君臨する。獣としてのサガを受け入れ、なりふり構わずありのままに生きている。
彼らはどうしようもなく同類だった。獣心信仰を心に、清く正しく秩序的に生を謳歌していた。

「やっぱお前最高だなぁ!!」

美学など必要ない。哲学など暇人の考えることだ。我々は呼吸をし、飯を食べ、眠りにつく。それらと何ら変わらないことだ。
再び獣が二匹衝突する。火のウサギが炎を纏い蹴り上げれば風のウサギは風を纏い拳を突きつける。ジュウと拳を焼きながら衝突し、再び蹴りと拳が交錯する。
突いて、捌いて、蹴り、避け、叩きつけ、転がり、飛び交い、

「―― 炎兎蹴ラビット・フット!!」
ソニックビート!!」

一撃に対して、素早く三度の正拳突き。一撃で勢いを殺し、一撃で弾き飛ばし、一撃でその身へぶち込み怯ませる。

「がっ――!」
「続け! ストームインパクト!!」

颶風だった。小さな身体を軽々と吹っ飛ばし、弾丸となる。ガァン!! と壁へと打ち込まれ、全身に痛みと痺れの奔流が起きる。肺が潰されて空気が押し出される。悲鳴にすらならない息を吐きだし、地へと倒れ伏した。

「っ……!!」

ダメージは風のウサギにも蓄積されていた。いくつもできた火傷。特に拳は熱を顧みずに火ごと殴り飛ばしていたが為に、いよいよ限界が来ていた。
あくまでもこれは試合だ。本能を満たすための娯楽だ。決して死の一線を超えることはない。競技とは、人が死なず安全に競い合うためのものである。

「…………っふふ、」
「……っははははは、」

だが。
ここに居るのは、二匹の獣だ。


「ウウゥウォオオオオオオオオオオァァアアアッッッ!!」
「アァァァアアアアアォォオオオオオオオオッッッ!!」

身体の痛みが喜びになる。強者と出会い身を削り、命の危機すらも感じる興奮に酔いしれる。心からの喜びのままに、獣の叫び声が上がった。
それは勝利を渇望する獣の雄たけび。それは貪欲なまでに百獣の王の座を狙う暗殺者の演舞。共鳴型のボルテージが最高潮となり、野性との同化が最大となったときに発されるそれを、人々はウォークライと呼んだ。

「み、耳が……!」
「この距離でこんなに響くなんて、どこから声を出しているんですか……!?」

ビリビリと震える空気に耳を塞ぐ。威圧され身が竦む。しかしそれも一瞬の事。過ぎ去った後に沸き立つは行く末への興味。理性的で人間性を重んじる人間であろうが、風と火が躍る演目から目が逸らせなくなる。

「……あの人は、あんな顔もするんだ」

瞬きをすることも忘れて、いつも傍に居た遠くにいる人を見る。明るく真っすぐで優しいウサギも。あざとく振る舞い愛らしいウサギも。お互いに己の強さを誇りに持ち、その上で相手の力を認め、ぶつかり合う。
心に獣を飼うのであれば。どうしてそれを野蛮だと糾弾できようか。

「――ッ!!」

牙と爪の剣戟。正拳突きを手の甲で弾き回り込む。回転しながら足で薙ぎ払えばバク転で回避し背後を取る。そのまま拳を振りぬけばしゃがみ、足払い。姿勢を崩したところへ縦へ一回転、かかと落とし。クリーンヒットも束の間、前方へ跳ねてチャージ。クリーンヒットのお返しをすれば、また脚と拳がぶつかり合う――!

炎兎蹴ラビット・フット!」
「トルメンタブロー!」
炸散脚オヴィンニク・レッグ!」
ソニックビート!」

獣の心と同化すれば、詠唱で野性の形を描かずとも技へ昇華する。分かりやすい真っ向勝負。お互いの得物を振るい、殴り合う。そのどれもが拮抗して撃ち殺しあい、せめぎ合う。息も絶え絶えだというのに、攻撃は一撃一撃威烈さを増してゆく。

「っらあああぁぁ!」

ゴッ! と拳と脚が強くぶつかる音がすれば、風のウサギは上昇気流に乗りそのまま再び空を支配する。

火炎弾サラマンダー・ブレス!!」

軸足を中心に地面にもう片方の足で半円を描き、弾き飛ばされた石が炎を纏う。それを蹴り上げ、地上から空へ流星を放てば

ダウンバースト!!」

手を左から右へ大きく振り、叩きのめす暴風を返す。そのまま一回転して風に乗り、振り下ろされる脚が一条の矢となる。

「スカイダイブ!」
焔昇拳アイトワラス・ブロー!」

それを避けず、あえて応戦する。すぐにドガァッ!! と地面が揺れた。モンスターが生む下降気流にも劣らない力は炎のウサギの勢いを確実に削ぎ、力でねじ伏せて土を舐めさせる。されど拳の業火は確実に風のウサギを焦がし、追い詰めていく。
ビュオォッと風が吹いた。撃ち落とした反動で高く高く、見えなくなるほどに高く、されど声だけははっきりと聞こえる。ウサギが星へ近づくほどに、地上の旋風も強くなってゆく。

「―― 決めようか」

誰もが予感した。次の一撃で、お互いケリをつける気だと。

「―― 猛ろ、烈火」
「―― ウサギウサギ、何見て跳ねる?」

風は紅蓮の焔を絡め上げ、炎を帯びた竜巻となる。触れれば皮膚がいともたやすく爛れ落ちる、劇毒にも似た紅の花。咲き誇る一瞬を称え、敬うべく降り注ぐはそれすらも散らさんとする狂騒の嵐。

「災厄の具現者たりて灼熱の渦で辺りを焦がせ!」

ダン! と大きく踏み込む。右手を握り、心臓へと当てる。足から腰、腕、心臓、頭へ全身へと炎が伝っていく。獲物を狩らんと身を低くし、穴の先の肉を待つ。

「さぁ今こそ撃ち落とせよ本能のままに! 月の彼方まで跳べるだろう!?」

グルングルンと何度も何度も回転し、その勢いを保ったままパァンと弾けて地へと落ちる。先ほどよりもずっと速く、鋭く、狂暴に。獲物を待つ狩人が居るならば。
打ち砕き逆らえなくしてしまえ。

「―― 陽喰狼牙チェイサー・オブ・スコル!!」

太陽を追い、放たれた渾身の蹴りと

「―― 堕月砕拳シュート・ザ・ムーン!!」

月を砕かんと、会心の拳がぶつかった。



爆発、爆風、砂嵐。
そうして待望のフィナーレを迎え、しん、と静寂に包まれる。
誰もが待ちわびたこの瞬間を。煙幕が消えるそのときまで、声を出すことも、息をすることも忘れていた。

「…………はっ、し、失礼しました! 勝者――」

審判の声が告げる。
最後まで立っていた者は、フィリア・バルナルスであったと。



「さて。今まで負け知らずっつぅやつは敗北を知って打ちのめされたりすんだけどよ」

闘技場にある医務室。試合やエキシビションマッチの場合、最低限の治療は運営側から行われる。勝利を収めたフィリアも立っているのがやっとの状態だったため、2人纏めてヒーラーによる治療を受けている。

「っくぅーーーすっごく楽しかった! こっちは戦い方もずっと聞いてきたし、属性的にも有利だったんだけど……それでも届かなかった! あぁーーー悔しいーーー!!」
「全然そんなことなさそーで安心した。心配はしてなかったんだけどな」

悔しいと言いながらも、早口に語り目を輝かせるララテアはまだまだ興奮が覚めていない様子だった。今にももう一回やろうと言い出しそうな様子に、フィリアもわははと快活に笑った。
2人共敗北を知らないわけではない。何度も敗北を重ね、積み上げてきた。だからこそ敗北し、悔しさをバネに更に強くなることができる。どうしようもなく、彼らの心は獣なのだ。

「カルザニアに来て間もねぇんだろ? もし何かあったら相談に来いよ。そのまま朝の陽ざし亭に泊まるんなら10日毎に食材の納品に行くからよ。」
「めちゃくちゃ気にかけてくれる……ありがとうお母さん……」
「誰がお母さんだ」

見ず知らずのウサギに違いなかっただろうに、とララテアは不思議に思う。理由を問えば、お前が強そうだったから以外にそんなに意味はねぇよと返された。それもそうか、と納得して。
強いて言えば。話に、続きができる。

「何よりも努力と下剋上を信じてるからかもな」

多分性分だ、と答える姿には、あまりにも様々な色が込められていて解きほぐすことはできなかった。けれど、そんな数多の絵具を混ぜた複雑な色も、すぐに戦闘日和の爽やかな空の色へと変わる。

「俺がここまで手ぇ貸したんだからな。今度は大会に出ろよ。そんで、もし同じ大会に出ることがあったら。そんときも負けねぇからな」

伸ばされた手と共に、ふわりとそよ風が頬を撫でる。ライバルになる者への選別を。
憧れは変わらずとも、距離や立場といった様々な壁はもうなくなったのだ。

「―― 勿論!」

そうして彼らは握手を交わす。
同じ舞台に立てば、年齢も野性も関係ない。自分たちはサヴァジャーなのだから。


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